【2019.05.31】
★我が家の猫は天下泰平で昼寝に余念が無いが、それにしても毎日事故や犯罪のニュースばかり続いている、その合間を縫って温暖化の被害の報告も多い。また老人問題に関するニュースも多い。その中でも兵庫県明石市の介護付き有料老人ホームで入所者が孤独死したというものもがあった。発見されたのは死後2週間経ってからだというから、介護付きなどと言う謳い文句は確実に嘘だったのである。こうした弱者を欺して金を取る商売は明らかにオレオレ詐欺の暴力団と同等以上の悪どさなのは間違いないから社会的に糾弾すべきであろう。この老人ホームに勤めていた職員も犯罪に加担したことになるから逮捕しなければならないだろう。 このようなカネ儲けに特化した老人ホームは日本中に幾らでも有るだろう、相手が老人だから何を食べさせても判らないし、文句を言えば殴る蹴るの暴行も日常的に行われ施設内で殺される老人も後を絶たない。 老人にとって日本は住みよい国とは言い難いのだ。これも政治の貧困と国家や行政が企業と癒着したり役人が天下りした結果であろう。それでも文句を言わない国民は実に扱いやすいだろう、まあ馬鹿にしていると言っても過言では無かろう。 温暖化問題ではいまアメリカが集中攻撃を受けている、世界で一番CO2を排出し、しかも国際的な温暖化防止の枠組みから抜けたのだから一ヵ月に竜巻の500個や1、000個は当たり前だろう。日本も同様で電力や石油を使い放題使って居るのだから排出する熱も半端ではない。この熱が海水を温めるのだから水蒸気の量も確実に増える。天に昇った水蒸気はここぞとばかり豪雨となって落ちてくるのだ。まるで温暖化とは天に向かって唾をするが如きである(我ながらいい表現だ)。 ともかく快楽に対しては確実にその反動があることを忘れてはならない。これは作用と反作用と同じ事であり物理法則でも肯定されるものだ。 百万個の電球を付けて観光客を呼ぼうとか、高い鉄塔やビルを夜間照明したり、夜間にスポーツをしたり..こんなことをすれば江戸時代だったら関係者は全員処刑であろう。 特に24時間営業するような店舗もこうした無駄の助長に加担しているのは間違いない。いずれ粛清の嵐が吹くことになるだろう。 温暖化防止に効果のあるのは旅行の自粛だろう、人間が移動すると思いもよらぬ程CO2を排出する。温暖化防止策を話し合うのならば、世界の全ての人が一年に一回以上の国外に出ることを禁止すればいい。旅行も仕事も関係無く行うのだ。これだけ通信が発達しているのだから人間が国外にまで出掛ける必要などどこにも無いではないか。 スーパーのレジ袋の節約はもうやめよう、なぜなら何の効果もないことを国民がやって、あたかも自分が温暖化防止に協力したような錯覚にとらわれることを防ぐためだ。レジ袋の代わりに買い物バッグを持っている人が多いが、このバッグを1個作るには一生使い切れないほどのレジ袋の材料が必要なのだ。人間のやっている事が馬鹿馬鹿しくて神も仏ももう愛想を尽かしたことだろう。

【2019.05.30】
★今から30年前の6月4日に大事件が起きた。言わずと知れた中国の「天安門事件」である。当局が戦車でひき殺した中国人の若者は公表されていないが数千人以上だと言われている。共産党というシステムはそこまでしなければ維持出来ないものなのだ。当時世界の世論に対して中国当局は、我が国での1、000人の死者は他の国では10人から50人程度だと公表していたのだ。確かに人口比で考えればそのとうりだが、命の数は総人口によって計ることなど出来ないものだ。 ともかくこのような粛清を何十回、何百回も重ねながら今も中国共産党は健在である。民主化など全く眼中に無いが、特権階級だけが全ての富を支配しようというのは資本主義も変わらない。大凡富の分配などと言うのは眼中に無いのである。 共産党だろうが資本主義だろうが真っ当なシステム運用であれば国民は幸福であることは間違いないが、支配欲にまみれた者達の台頭は避けられないのだ。如何に民主的な選挙をしようが何ら変わらない、何故なら選挙に出ようなどと考えている事自体が支配欲の現れだからだ。 考えてもみよう、民主主義的に選挙が行われたにも拘わらず、国民が抑圧され搾取され投獄され粛清されなかった国があるか。 地球という星に生まれながら人間という生物には五欲が存在し、それぞれが違う考え方を持っている。しかし欲望が無かったら生きる楽しみも無い。要する人生とは誰もが生きる楽しみを追究しているに過ぎないのだから、悪政のはびこる予余地は幾らでも有るということだ。 再び中国は天安門事件のような大規模な反政府運動が起きるであろう。だが成否に拘わらず国民は何も変わらないのだ。 日本でも明治維新という政変が起きたが、結局は官僚政治に変わり庶民は多額の納税をする羽目に陥っただけのことである、坂本竜馬だ新選組だのと騒いでも後の祭りなのだ。 どうすればこうした不条理を克服出来るのか..実は簡単な事である、国民が怠け者になることだ。会社に行っても適当に働きサボることを得意とする人造りが今の日本には必須である。 税金を極力納めないような働きかたと節税方法の習得も必要である。税金が無かったら政府も○○省も日干しになってしまうわけだ。若しも国民が意思を持って巨悪を倒そうとするなら巨悪に飯を喰わせないことである。

【2019.05.29】
★はや5月も終盤である。令和だと馬鹿騒ぎしていたのが遠い過去のようにも思えるし、暑い暑いと言っていたのも既に過去の物になっていく。いままで一週間が瞬く間に終わると思っていたのが最近は一ヵ月がすぐに終わってしまう。 友人のN君が瞼の手術をしてきた、なんでも瞼が下がってきてセロテープでも貼って持ち上げていないと目が閉じてしまうような状況になったからだという。加齢というのは身体の様々な場所に異常がでてくるものだ。2泊ほど入院して手術をしたのは良いが、顔面全体が腫れて内出血も有り顔の半分ぐらいが赤黒くなっていた。外出するのも気恥ずかしいようなので弁当でも買って行って昼食を一緒にしようと電話したところ、彼が外食は久し振りなので顔はともかく寿司が食べたいというので「かっぱ寿司」に行ってきた。 最近は友人や同窓生が病魔に冒されるケースが目立ってきた、還暦はともかく古希を過ぎたのだから仕方ないことか知れないが、この年令になると健康な人と病弱な人との差が開いてきたように思う。それと女性の方が明らかに元気な人が多いという事も顕著になってきた。平均寿命が7歳ぐらい違うと既に大きな差がついているようだ。 ★6月になるとカップラーメンを始め多くの食品類の値上げが予定されている。特に原料の価格は変わっていないのだが、企業の言うには賃金の高騰だという。政府が最低賃金の引き上げや労働者の賃金の値上げを謳っているのが原因である。早い話が選挙の人気取りのために労働賃金の値上げを言いふらしながら裏では商品価格をそれ以上に上げれば儲かるではないかと言う密約か暗黙の了解があるのだ。給料が5千円上がったら食費が8千円増えたと言うのが筋書きである。大凡日本の政治家やトップが庶民の暮らしのことなど全く考えていないという現実を目の前に突き出されたようなものだ。それでもまだこういう政治がいいと言い張る者が有るのは何故だろうか。日本人があまりにも無知だからであろう、これは子供の頃から政府が教科書の内容を巧みに操って洗脳した結果なのである。 先ほど書いたように友人のN君と昼食を食べていたところ、テレビで天気予報をしている森田さんは北海道など北国が40度近い気温になったがこれは地球温暖化ではないと明言しているのは何故かと聞かれた。それは予報士の森田正光氏の経歴を見ればすぐに理解出来ることだ。彼は元運輸省の所管だった「(財)日本気象協会」の出身である。要するに彼は立場上政府を忖度して地球温暖化になっているとは口が裂けても言えないのである。こういう息のかかった人達をくまなく社会にバラ撒くことによって、政府の行う政策に水を掛けるような議論を避けようという事だ。 福島第一原発の爆発事故の時の風向を政府の指示によって隠匿してしまったのも気象に係わる者達の仕業である。こういう人物をマスコミがこぞって起用しているのも裏を返せば政府に対する忖度なのである。 政治とか選挙とか言うものはこのあたりまで考えが及ばない者は投票に行くべきではないのだ。ここで以前から書いているように馬鹿者が投票に行くから日本は今のような状況を招いたのである。今のような状況と言う意味も理解出来ない人は貧乏暮らしにも戦争にも耐えられる人なのだろうか。

【2019.05.28】
★今日も悲惨な事件が起きた。また犠牲者は子供である。何を狙ったのか目的すらも判らない。「気違いに刃物」という言葉が昔から有る、こういう人間の犯す犯罪は防ぎようが無いから対応策は無い。刃物を規制しようが、法律を変えようが、罪を重くしようが彼らには何の関係も無いからだ。中には死にたかったからやったとう例も過去にあった。 なぜこのような人間が出来上がってしまうのか、たぶん普通の人と紙一重しか変わらぬ精神を持った人間ではないだろうか。 犯罪の専門家は想定外の事件だと言っているが、既に日常化しているから想定外では無い。今後はこうした犯罪を如何にして防ぐか対応策を練るべきでなのだが。 精神病者や性犯罪者それに前科の有る者のインターネットでの氏名や写真それに住所などを公開している国も有る。ここで問題になるのが人権だが、殺人者にも人権はあるだろうという考えの人も居る。しかし家族がこうした事件に巻き込まれた時にも同じ事が言えるのだろうか。 今回事件を起こした犯人(岩崎隆一)も過去を辿ってみると中学校時代から性格が険しかったという。現在51歳で坊主頭だったというが写真が公開されいないので風貌は判らない。危険な人物はその者の目や風体を見れば大方は判断が付くものだ。犯罪者の目は明らかに黒目が瞼の上側に上がっているケースが多い。 要するにこうした犯人は「何も失うものが無い」人物である。夢とか希望とか家族とか子供とかそういったものに関心のない人物で有ろう。 誰かを殺して死のうと言うならば本来なら社会を牛耳っている者達とか権力者に矛先を向けるべきである。しかしそうした勇気とか体力を失った者がこうした犯罪を実行してしまうのだろうか。 ★急激に最高気温が昨日に比べて12度も下がった。半袖で傘を差してウオーキングに出たが体感温度は10度以下に感じた、この犯人は地球温暖化である。我々は知らない間に周りに様々な犯人を造りだして居るのである。小さな子供が虐待を受けるという事件も多発しているが、こうした環境も犯人を造りだしてしまう。もちろん社会的な格差や賃金格差を一因である事は否めない。 では国民全員に1億円ずつ配って全員が同じスタートラインから走り出すことにしたらどうなるだろうか。やはり今の社会が是正される事は無いだろう。金が入ったらギャンブルに直行し、すぐに一文無しになる者が確実に人口の10%は出てくるのだから。 様々な補助や法律それに地域の運動などの取り組みが行われているが、たぶん何の効果も期待出来ないと思う。 我々は毎日二度と戻ることの出来ない時間を生きている、一分先のことなど誰にも分からない。こうした先にしか進めない環境こそ喜怒哀楽の温床となるのである。だからこそ人生は楽しいと言えるのだろう。

【2019.05.27】
★この暑さが続くと本格的な真夏になってもそう驚かない体力が出来そうだ。暑さにも負けずにウオーキングに出掛けたが、何か目的があるときは急な坂道も登っていける。同級生のS子さんに同窓会の写真を届けに行った。写真を見ながら15分ぐらい話をしていたが汗が落ちてきた、彼女から冷たい缶コーヒーを貰って1kmぐらい離れた神社の境内で飲んだ。大凡の神社は敷地内が大きな杉の木で囲まれているのでひんやりするほど涼しい。境内で草取りをして仲良しのヤギにやったところ大喜びだった。ヤギはイタドリが好きなのだ、境内にはいっぱい生えているので清掃もも兼ねているようにも思う。 午後も屋外に出るのは嫌なので、以前買って置いた小型の発信器と周波数測定用カウンターの組立を行った。最近はこの手の商品はアマゾンで購入している、アマゾンには中国の小さな会社?の安い商品やキット商品が山ほどある。見ていると価格も驚くほど安く何でも良いから組み立ててみたくなって買ってしまうのである。興味のない人は別だが、冬の寒い時期とか真夏にはこうしたキットを組み立てて過ごすのも良い時間の過ごし方になるだろう。 ★トランプ大統領と首相の会見をチラッと見たが..安倍首相は到底日本の首相という印象は皆無だった。会見前には拉致被害者の家族とトランプ大統領の会談も行われた、しかし安倍首相はこの件に関してもトランプ大統領に一方的に頼むと言う事だけで、自分では何の行動も起こさないという姿勢である。本当に主権国家のトップとは思えない態度だ。主権とは領土と国民を守ることの出来る国家のことだ。こうした定義からも日本は主権国家では無いからいっそアメリカの属国になったらどうか。今のような忖度政治も減ってもう少し公平な政治が行なわれる筈である。東京を始め地方でさえ外国人の居住者が溢れているのだから、どこの国であっても関係ないだろう。ハワイのように過去の栄光を守りながら属国になるのも間違いでは無いかもしれない。いわばここまで日本は堕落してしまったのだ。 先日北方領土を戦争で取り返そうと発言した若者議員がいたが、領土はともかく国民の家族を取り戻そうというのだから戦争も止むを得まい。 自衛隊の火力やミサイルそれに空母や戦闘機など総動員し20万の兵と日本海から取り返しに向かえば良い。若しも本格的な戦闘が行われる事態になれば同盟国であるアメリカを呼べば良い、今迄無駄に何十兆円も支払ってきたのだから何の遠慮も要らない。 ゴルフをやっていると見せ掛けて奇襲攻撃を掛けるのかと思ったが、彼らは何の躊躇も無く遊びに没頭しただけだった。これでは主権も安保もへったくれも無い。馬鹿馬鹿しくて税金を納めるのは犯罪行為であると言いたくもなる。だが、あまりこうした現実に正面から向きあうと血圧が上がり狭心症の発作も起きかねない。自身を守るためにバカバカシイから書くのもやめよう。

【2019.05.26】
★今日も真夏の暑さだ、高温に慣れていない身体はこの暑さで疲れが何倍にもなって出てくる。しかし北海道佐呂間町で39・5度という気温を観測したのは明らかに異常である。トランプ大統領が来ているのだから貿易や戦争論議はともかく、地球温暖化に付いて話し合うべきであろう。気楽にゴルフなどやっている場合ではない。北海道は全域で36度を超している、飯田市の最高気温が32.2度だから誰の目にも異常であることは理解出来よう。この気温が意味するものは地球環境の崩壊である。 寒暖差が極端になったり乾燥と大雨を周期的に繰り返すのだ。僕も以前から温暖化の進展は気温の変化の様子を見れば判るだろうと書いていたが、これほど極端になるとは想像しなかった。 野菜や農作物に深刻な影響が出て価格が高騰し、買えない人は特定の買えるものだけしか食べる事が出来なくなる。それでも馬鹿騒ぎに加担するのか?。 更に人間の中枢神経や自律神経にも影響を与える、これは免疫機能の異常を誘発し様々な寛解不能な病気を引き起こす。いわば気温急変ストレス病だ。 この局面を乗り切るにはどうしたら良いのか、流れに任せて生きるか、それともストレスに打ち勝つ図太い神経を獲得するか。たぶんこの2択になるだろうと思われる。 温暖化から逃避する方法は限られている、今さら消費活動を10年前に戻ることは出来ない。最も良いのは田舎への移住(逃避)だろうか。くだらない販売競争から逃れれば助かる率も上がるのだ。その一例がセブンイレブンの24時間開業騒動だろう。たかが役員や株主のカネ儲けのために24時間開業して何人も死者や精神病患者を作ってしまった。名前の通り、朝7時から夜11時まで営業すれば十分である。過去にはそれで十分儲かっていたのだ、何もかも上だけを目指す競争は犯罪である。学校も同様で成績だけを重んじる競争もやめよう、そうしないと今の役人のような馬鹿者ばかりが出来上がってしまう。 適当に働いて適当に儲けるという社会の原則を逸脱して自分だけもっと稼ごうとか、自分の会社だけ株価を上げようとか..あまりにもくだらない妄想に取り憑かれてしまった人類はこの辺で治療を受けるべきなのだ。その警告がこの高温である、テレビ局も暑いとか日本最高気温とか馬鹿げた事はどうでも良い、温暖化の元凶である無駄なエネルギーの節約を提唱しよう。それと自動車の生産をすぐに半減させるようなキャンペーンを展開したらどうか。しかしマスコミという媒体も全体が一番になろう競争に巻き込まれてしまい誰一人としてこうした試みを提唱しようという意欲も無い。要するに今のマスコミは馬鹿騒ぎを助長するようなことしかしていないのが現状である。 オリンピックという温暖化の最たる馬鹿だけが集まる行事も中止するのが最良である。野球などは夜間に行わず昼間ややればいい、何の不都合も無かろう。終電車も22時には運行をやめよう。要するに国民が働かないことが最も効果的な温暖化防止策なのである。

【2019.05.25】
★この暑さでは夕方日が落ちないとウオーキングには行けない。飯田測候所の記録は最高気温が32.4度だが、屋外での体感温度は35度近いものだ。僕が9時から10時までウオーキング に出掛けてグッタリして帰ってくると自殺行為だと馬鹿にされた。確かに高齢者はこの時間帯のウオーキングはやめた方が身のためである。明日も明後日も34度になると予想されているからウオーキングどころか無駄な外出もやめた方がいいだろう。 新緑の黄緑色もどんどん青さが増して夏の風情に変わって行く、森に行って新録を眺めながら深呼吸をして岩の間から湧き出してくる水を飲めば万病の薬となる。 ★長野県を始め全国で多い交通事故は老人が夜中に横断歩道の無い道路を横断して起きることが多い。もちろん横断歩道があっても事故は起きている。 ここで考えたいのは老人がなぜ深夜に外出をしなければならないかと言うことである。それと早朝の暗い内に散歩していて事故に遭うケースも多い。なぜ暗い時間帯に出歩くのだろうか。老化すると朝早く起きてしまう傾向があると言うから、朝飯までの時間を持て余してしまうのだろうか?、ともかく夜間の外出を控えることは薬を毎朝3つぐらい飲むよりも長生き効果が有ると言っても良い。 こうしたことを健康法(長生き)の秘訣として実践すべきであろう。 薬の全ては有毒であるのは間違いない、多少咳が出たとか頭が痛いぐらいの事で薬を飲んでいたのでは他の臓器まで傷つけてしまう。 前にも書いたが北海道の夕張市のように財政が破綻して市民病院が無くなったところ、病人は激減し、長生きになったという。これは少しぐらいのことで病院に行かず、薬を飲まなかった結果だと評価出来る。 現代は長生きとか健康というものの本質を厚生労働省と薬品会社でネジ曲げてしまい、何かを飲んだり、痩せたり、血圧を下げたり、血糖値を下げるような事を健康増進と思い込ませてカネ儲けを企んでいるのである。 ヤクザの世界でも何かヘマをしでかして罰を受けるとき「さあ殺せ」と座り込む事が出来れば一人前である。殺す方も実は殺人罪になるからそうは簡単に殺さないだろう。いつ死んでも悔いが無いと覚悟すれば世の中はバラ色である。 しかし誰にでも生きていてこの瞬間は訪れるのだという、それは100歳になったときだ。何も怖くない、何の恐れも恨みも無い、とにかく嫌な事は何にひとつ無くなるのだという。たぶん極楽に片足を突っ込んだ状態であろうか。 死ぬ瞬間を覚えている人は一人も居ない。僕の友人も大勢亡くなっているが彼らは若くしてこの世を去った。後のことなど誰も考えていなかっただろう、同僚だったK君は55歳で亡くなったが、残されたのは母親と嫁の二人だけだった。その後この二人は大きな家にも拘わらず一緒に住むことが出来なくなって老齢の母親は元気なまま老人ホームに入所し家を出た。残された嫁は大きな家の維持が出来ずに悩んでいた。 だがK君はこんな事は知ったことでは無い、永遠に恨まれる事もなく眠っているのだ。 K君の墓詣りには3回ぐらい行ったが、墓が寺の裏山の頂上付近に有って徒歩でしか行けないので最近は妻も親族も最近は殆ど行っていないという。愛とか人生とはそんなものであろう。

【2019.05.24】
★今日も南アルプス山麓の山小屋に出掛けた。やはり高原である気温は26度まで上がったが木陰に入ると涼しい。今日もこの木陰で昼食である、オニギリだけでも実に旨いのだ。山小屋に来ると仕事が山ほどあって帰る時間も忘れるが、最近はやたらと腰が痛くなるのでこれをサインにして自宅に帰ることにしている。11日から降った雨で渇水状態になっていた水道が復活してきた。地下水なので雨が降ったからと言って2,3日では回復しない。10日ぐらい経つと水量が多くなるが、今後も10日ぐらいは晴の予想なのでまた渇水になってしまうだろう。 今日一番の仕事は桜のテングス病退治である。この病気は桜の木特有のもので、枝先が幾つにも分かれてホウキのようになってっしまう。薬品も幾つか試してみたが効果が無いというか木全体にかからないから菌が廻ってしまうのである。結局は病気の部分を切り取るしかない。今日は1本の桜の木から50ヶ所ぐらいの枝を切り取って遠くまで持っていって棄てた。本来は燃やすのがいいが面倒なのだ。木の幹そのものも汚染されているので完全に回避する手段が見付からないから再び増えてくるはずである。綺麗なバラにトゲがあるように美しい桜には病気が宿るということか。 僕が植えた桜なので何とか死後も花が咲いて来る人の目を楽しませたいということだ。 ★政府が発表した月例経済報告で「景気は緩やかに回復している」というのは誰が忖度して発表しているのだろうか。たぶん経済産業省の担当者だろう。こんな発表を信じて株を買う人は居ないと思うが、先日内閣府が公表した景気判断は6年ぶりに悪化している。サラリーマンの給料も物価の上がった分と合算すると確実に目減りしている。 第一、年金の支給額が増えないのだから景気は少なくとも停滞したままである。 たぶん内需は激減しているに違いない、最近は僕も電化製品など買った事もない。本当のことを言ったら株価が下がるから忖度しているのだろうと推測されるが、貧乏な暮らしをしている国民の事を考慮した忖度というものはないのか。それに働き方改革などという経営者のための法律を作ったが、そのフォロ−アップはないのか。たぶんこれもアンケート結果を偽装して「良かった、助かる」などという結果になるに違いない。 それにしてもトランプ大統領が25日に来日するが、旗を振って出迎える人が居るのだろうか?、たぶん何も知らない幼稚園児達が動員されるのだろう。無駄に税金を使わないように、無駄に強要しないように。

【2019.05.23】
★多少体を動かしただけで汗が出てしまう、日本中が真夏になったようにみえる。午後になると眠気が襲ってくるのも暑さのせいだろうか。ともかく春と秋のなくなった日本列島はこの先が危ぶまれてならない。 スマートフォンも最近は高性能なものが続々発売されている、なかでも先頭を走っているのは中国の「ファーウェイ社」のものだ。技術革新が著しい情報通信業界だが、アメリカは確実に出遅れている。いまや世界の標準を決めるのは中国と言っても良い。スマートフォンなどを始めとする次期通信の要は「5G」である。5Gとは第五世代(generation)と訳されるが、その内容は2時間の映画を数秒で手に入れることも出来る高速通信と、今のスマホでは解決出来なかった時間遅れの解消などである。スマートフォンでやラジオ番組を聞いていて時報を受信すると数秒遅れるのがそれである。これでは使い物にならないのだ。5Gでは1000分の一秒遅れにまで改善される。我々庶民にとってはほぼどうでも良いようなものだが、世界は確実に未来に向かって動いていくのは間違いない。と言う事は今どこの家でもハイビジョンテレビを見ているのが当たり前になっているのと変わらない。 今後の人類の選択肢は5Gを使うか、それとも田舎暮らしかというような2択になる可能性は高い。 アメリカでいま問題になっている選択肢は、定年になった低所得労働者が今後パンを食べて生きていくか、それともドッグフードを主食にするかだという。日本と同様にあまりにも格差が開きすぎた民族の末路を目にしているのである。 アメリカは自国の技術が無い代わりに日本とか中国の技術を使っているが、このままだと技術後進国になってしまうという危惧がある、そこでトランプ大統領は中国製品の課税強化や使用禁止に踏み切ったわけだが..これも中途半端に終わるのは目に見えている。何故ならいま日本やアメリカの通信の主要機器は中国のファーウェイ社のものを多数使っているからだ。使用禁止とか故障したという理由で早急に取り替えるわけにもいかない。大統領に従えば明日にもアメリカの通信網は停止してしまうのだ。だから大統領は猶予処置として6ヶ月間は修理などは通常通りえるようにタガを緩めざるを得なかったのである。 今や世界は一国のエゴで動かすことは出来ない、アメリカのように自分だけ良ければ良いという馬鹿げた政策を実行すると結末は自分の首をしめて倒れることになる。何もかもが大統領の思い通になると思ったら大間違いであろう。 日本だって同様だ、首相が一人で頑張っても行き着く先は目に見えている。病気を抱えているようだから早いとこ病人の思いを政治に取り入れるべきだろう。俺が国も守っているなどと言う発想も思い違いも甚だしい。首相よりも海外協力隊として外国で活躍しているたった一人の日本人の方が国を守っているような気がしないか?。

【2019.05.22】
★昨日の大雨で南アルプスの山々の雪もずいぶん消えてきた。山頂部分の白い雪がなくなると初夏を感じるのだ。山で育った人達は山の雪の様子(○○山に馬形が出たら田植えをする)というように農業に最適な時期を決めていた。気温などをこまめに見て決めるよりもその年の季節の状況を正確に判断出来るから今も使われているようである。特に高冷地ではジャガイモの植え付けが一日違っただけで収穫に大きく影響する。 また明日の天候も山を見ればわかる、雲の形や夕焼けの状況など気象庁よりも正確なのだ。庭の蟻が出入り口に砂粒を集めて来て蓋をすれば雨になる。池の鯉がジャンプすると確実に雨になる。 ★今日も通りすがりのヤギに餌をやってウオーキングを終えてから昨日印刷した同窓会の写真を市内の同窓生に配って廻った。9時半に家を出てから数人の家に寄って手渡したのはいいが、再び昔話に花が咲いてそれぞれ1時間ぐらい話し込んでしまった。途中レストランで昼を食べ最後の一人を訪問してから家に戻ったときはもう15時だった。妻には昼には戻ると言ってあったので、すわ痴呆になってどこかに行方不明になったのではないかと馬鹿にされてしまった。 ともかくこれで一段落したので再び日常が戻ってくるだろう。 ★芸能人がまた大麻で逮捕された。しかし大麻の原料である麻は日本では様々な用途に使われている。農業や養蚕などでも必要で我が家でも60年ぐらい前までは父親が畑で栽培していた。縛るヒモとか麻袋の保修など多用途に使われ、祭などの神事にも必須である。 アメリカの多くの州を始め多くの国が大麻を合法としている。なかにはタバコよりも害が少ないとされ同法化された国も有る。 今の車社会で禁止したいのアルコールであろう、未だに飲酒運転は幾らでも行われているからだ。警官から役人まで逮捕者は引きも切らない。それにアルコールは依存症となり多くの芸能人が追放されているのも事実である。 ともかく大麻は使わないに越した事は無い、薬物で幸福感を味わうしか幸福になれない人こそ哀れである。幸福感は自分が幸福であると思えば良いだけだ、食事が出来て自由に歩けるだけで君たちは幸福なのである。 先日の同窓会でも1級障害者となってしまった人が2名参加していたが、彼らは食事や移動は愚か寝ることにも制約を受け、多くの薬を服用し内臓にまで影響を及ぼしていた。更に欠席者の中には過労と思われるストレスで入院している人も数名あった。彼らは真面目な性格で家で遊んでいることに罪悪感を感じるような性格だ。こういう人は高齢になってから確実に何かを患うと思って良い。40年ぐらい働けばリタイアしてのんびり暮らすのが世界の常識である。

【2019.05.21】
★山小屋の雨量計は69mmになっている、飯田測候所のデータも70mmだから南アルプス山麓も飯田市内とほぼ同じぐらい降ったようだ。 豪雨の後は一転して夏のような陽射しである。明日以降は30度を超す地域もあると言う事だからもう夏本番である。しかしまだ本州は梅雨になっていない、これからが大雨のシーズンである、家の周りの危険なところを事前に知って逃げるべき場所を確認しておかないと、薬やサプリメントを毎日飲んでいても無駄になってしまうだろう。しかし今の日本で此処なら安心と太鼓判を押せるような場所は無い。僕の友人が大勢住んでいる南アルプス山麓地区などはハザードマップで見る限り住む場所など一ヶ所も見付けられない。僕の山小屋も同様であり対岸の山が今にも崩落しそうな状況である。峡谷になっている遠山谷は上流の山腹の崩落によって川がせき止められダムになってしまう。このダムが決壊するときに大量の濁水が下流に向かって一気に流れることになる。上町や和田などの集落が密集しているところは川の側である、瞬く間に増水して流されてしまうだろう。ともかく雨が降っているのに川の水が減ったら急いで高い場所に避難すべきである。 ★昼頃まで雨が降っていたため先日行われた同窓会に撮った写真の整理と印刷に追われた。いつも大量に撮影するため印刷と発送も含めて数日かかるが、これも楽しい仕事である。昔と今を併せて思い出しながら1枚1枚封筒に入れて行くのも同窓会ならではのものだ。同窓会に行って思うのは「三つ子の魂百まで」という諺である。とにかく小、中学生時代と誰一人性格が変わっていないのだ。なぜ何十年も社会の荒波の中で揉まれても変わらないのだろうか。親から貰ったDNAの働きなのだろうか?。 僕には大切にしているサイン帳がある、それは中学を卒業するときに同窓生が書いてくれた寄せ書きである。僕はそれをいつも座右に置いている、何故かと言えばサイン帳に書かれている内容があまりにも過激であり正論だからである。殆どの人が僕を批判しているのだ。 僕は昔から腕力が強かったので喧嘩もした、だがその事ばかりではない。規則を守らない、女性を卑下している、屁理屈ばかり並べる、学校を抜け出して早く帰宅する..などだ。こうした指摘は親でも出来ないことだ。同級生だから知っていてこそできる指摘ばかりなのだ。 僕はこうした指摘を直すことに努力してきたが、絶対に直せないこともあった。それは社会のあらゆうる権力に対する反発である。これは屁理屈にも感じられるが決してそうではない。どのような社会で有っても権力は庶民の味方ではないからだ。 僕はここで時々書いているが若さとは何か、それは「権力に反発する精神を持っている」ことだ。これが無くなったとき老人と呼ぶのである。 僕は権力に迎合している者を見ると無性に腹が立つ、これも昔から変わってはいない。昔、人は「あなたは共産党か」と聞かれたが全く違う。僕は馬鹿者に対して厳しいだけで政党など全く関係無い。 庶民にとって良いことだけがたぶん「正論」である。

【2019.05.20】
★ずいぶん暑い日が続いたが今夜から雨になりそうだ。雨量も多いらしいから集中豪雨にでもなって被害が出なければいいのだが。伊那谷も週末には30度を超えるという予報も出ているが、ともかく何事も平年並であって貰いたいものだ。 僕は晴れているときの昼食は庭で食べることにしている、清々しい風の中で食べると消化も良さそうだ。食べるときはその食事の内容では無く、大勢で食べるとかログハウスの木のテーブルで食べるとか、森の大木の根元で食べるとか、海の見える丘の上で食べるとか..食べる環境によって旨さも変わってくるし、今日の満足感もそこから生まれるのではないか。 先日の紹介したが、中学校時代の先生から貰った色紙に「命とは自分が持っている時を自分が使えること」とあった。要するに生きている時間を自分の納得のいくような使い方をしなさいとも読み取れる。他にも「いのち短し 恋せよ少女 朱き唇褪せぬ間に 熱き血潮の冷えぬ間に 明日の月日のないものを」という歌も昔から歌われている。本当に命は短いものだ、何かしようと思った頃には足腰が弱くなって出来なくなっている。 特に平均寿命を過ぎると一日の時間の尊さが判るのではないだろうか。 この時間という存在がいま物理学者の間で話題になっている、それは誰もが知っている4次元の時間の存在が今迄の常識と変わって来そうなのだ。 それは量子(電子・ 中性子・陽子など)の振る舞いを観測すると今迄の時間の定義を変えないと説明出来ないのだ。原子の周りを回っている1個の電子は右回転と左回転が同時に行われる。またもつれた状態にある量子同士では光より速い速度で情報を伝達する。実際には何万光年離れていても時差がゼロで伝達可能なのだ。なぜこんな事が起きるのか、説明出来る科学者は一人も居ない。 ブラックホールの中心部は時間が進まないと言うが、我々の生きている時間とどこで整合するのかもわからない。アインシュタインによると時間と空間は一つだとされる。よくわからないが我々の過去も未来も既に全て存在していて、その中の時間の一部、映画のフィルムの一コマ一コマを生きているだけだという。 ともかく人間という物は存在していないのは間違いない、人は37兆個の細胞から出来ているが、実はその細胞の中にはミトコンドリアが住んでいる。彼らはそれだけで一つの生命体なのだ。要するに我々の体は小さなウジ虫みたいなものが寄り集まって皮膚から臓器まで構成しているのである。それがなぜ私であり俺なのかというと、たまたま脳になった細胞たちが俺だと言い張っているだけにすぎないのだ。「我思う故に我あり」という言葉があるが、その通りでこれが自分だと思っているだけに過ぎない。要するに人格だとか才能だとか良い人だとか悪党だとか言われるのも小さな虫に言っているだけのことなのだ。 実はこのミトコンドリアという生物こそ宇宙からやってきた地球侵略者なのである。

【2019.05.19】
★南アルプス山麓の山小屋まで行って監視カメラで送信してくる雨量計を新しい装置に交換し、飲料水を70リットル汲んできた。木陰で爽やかな風を浴びながらおむすびを食べたのは良いが..午後5時過ぎに家に帰ってみるとスマートフォンとか財布など貴重品が全て入ったバックを忘れてきてしまったではないか。山小屋の庭にあるテーブルの上に広げてきたのだ、明日は確実に雨が降ると言う事なのでがっくりしている暇はない、早速山小屋まで行き回収後戻ってきたが疲れ果ててしまった。 そう言えば山小屋から帰ろうと思ったとき、先日ユーチューブで認知神経科学者の中野信子氏の研究報告を思い出したのだ。痴呆に関する最近の研究ではヒノキの匂いを嗅ぐと認知症になりにくいというのだ。他の何よりも効果が有るということで、ヒノキ風呂に入っている人は認知症になりにくいという調査結果もあると言う事だ。 それではと思い山小屋の横の細いヒノキを切り倒して枝の皮を剥いて持ち帰ってきたのだ。この事があってつい忘れ物をしてしまったということである。 ヒノキも良いが森そのものもいいと言う事だから時々は森の中を歩き回るのも必要であろう。それと海の風も良い、特に花粉症の軽微なものは潮風に当たるとすぐに治ってしまうと言う。僕もその事を聞いて潮風ではなく洗面器に塩水を入れて鼻から吸い込んだりしたら治ったこともあった。 人は薬に頼るだけでなく自然界に有るもので治すことを考えるべき時代である。何故なら薬は毒だからである、要するに毒を以て毒を制しているのだ。だから癌のような悪性の強い病気には人間も死ぬほど苦しい抗がん剤という薬が使われるのだ。この薬で死ぬ人も多数有るという。 また先日も書いたが、友人のK君は指定難病97(潰瘍性大腸炎)にかかって下痢を止めるために強い薬を服用した結果、血圧や脈拍が異常なまでに下がってしまったのである。難病では死ななかったが薬で死ぬかもしれないという現状をどう判断するかである。 多くの中高年の人達が服用している血液サラサラ剤(アスピリン系やプラビックスなど)も危険な薬である。何故なら転んで怪我をしても出血が止まらなくなるからだ。手足の傷ならまだしも内臓から出血したら一巻の終わりだ。薬というものは毒なのだから他人の勧めでむやみに飲む物ではない。最近のベストセラーに「癌になったら医者に行くな」という本があるが、これもこうした流れのものだろう。自分の体は自分が一番よくわかるのだから自分の判断も加えるべきだろう。

【2019.05.18】
★数日前から食事を食べ過ぎたこともあって今日は朝晩2回ウオーキングに出掛けた。合計10kmぐらい歩いたために今日になって歩き出してみると右足首に痛みを感じるようになってしまった。でも4km歩いてきた。 いつもより平坦な道を歩いていると足の調子が悪いと見抜いたのかハトが一羽道路でなにやら格闘していた。近寄っても逃げなかったためにカメラを取り出して写真を撮ってきて家で拡大して見たら、何と一粒の豆を置いて逃げ去るわけにはいかなかったようである。これが平穏というものだろうか、人が来てもハトが逃げないようなのが共存社会である。 信州は今日も良い天気で初夏の一日だったが、九州から南の地域では記録的な大雨になっているようだ。異常気象は長野県を始め中部地区に深刻な水不足をもたらしていると先日ここで書いたが、愛知県などでも水源地のダムが枯渇しているというから広範囲に亘っているのだろう。異常気象は地球に住む我々全員の責任である。食生活しかり、観光しかり、スポーツしかり、企業活動しかり..我々が行ってきた豊かさへの追求の末路はこうした地球自体の荒廃に繋がっていたのである。 何万人も競技場に集まって馬鹿騒ぎし興奮したツケがこれであることを認識すれば、集中豪雨で家や家族が流されてもその事実に甘んじなければならないということだろう。怒りの矛先を向ける相手など居ないから、結局は自分に向かうという事なのだ。 犬を連れて散歩したことのある人ならば判ると思うが、犬は路傍で糞や尿をするときに道のど真ん中や路傍ではしない。少しでも大きな木や草などが有ればその根元まで行ってする。要するに彼らは木を育てようとしているのである。そしてこの木が育てば環境に良いことになり、ひいては自分たちに豊かな環境を与えてくれることまで知っているのだ。知らないのは高等教育を受けた人間という馬鹿者だけである。なぜ高等教育かというと、この教育こそ無駄な資源を使ったり環境汚染を引き起こす技術を学んでいるに過ぎないからだ。 今の世の中は僕が提唱しているように物事を180度反対方向から見ることを必要としているのである。要するに「天の邪鬼(あまのじゃく)」になれと言うことだ。経済はおろか政治も社会活動ももう一度根底から覆すつもりで見直すことが必要なのだ。 畑にハトや鹿が来たら多少の分け前をやることのが出来る大きな心を持つ事も必要なのである。何故なら彼らこそ環境再生に必要な人材(生き物)だからである。

【2019.05.17】
★ウオーキングがてら神社の近くを通るとは参拝して行く事にしている。今日は小学校低学年の生徒達が大勢で写生に境内にきた。先生に促されて元気に「こんにちわ」と僕に挨拶するが、大勢なので応える方も大変だ。でも朝の清々しい空気の中で言葉を交わし合うというのは実にいいことなのだ。気分も晴れ晴れしてくるし何か希望みたいなものまで感じられてくる。 知多に住んでいる友人のK君は指定難病97(潰瘍性大腸炎)にかかってしまい先日行われた同窓会にも出席出来なかった。今日になって彼からメールか来て、たぶん強い薬の影響なのか血圧が99−37に下がり、脈拍が42になってしまったという。これ以上進行すればペースメーカーが必要だという診断を受けてきて落ち込んでいた。この病気は寛解が難しく食事療法も制限が最も厳しい病気で、お茶も飲んではダメで水しか飲めない、野菜ほぼ全部だめ、御飯はいいが豆類も肉類もダメだという。だから体重も激減してしまうのだ。こうなると自分自身の生きる気力さえ失われてしまう。 発症の原因はまだわかっていないが、ほぼストレスにより免疫機能の異常が起きたのではないかと言われている。 要するにストレス(気の病)なのだ。彼は定年後も70歳まで再雇用されたがこれが問題である、給料が下がるのはいいとしても今迄部下だった者に使われることになる。技術者にとってこんなに大きなストレスはないだろう。しかも仕事の内容はその部下だった者に仕事を教えるという内容である。 仕事を辞めて朝の清々しい空気の中で心を無にしてウオーキングを続けていれば治るかも知れない。 実はこの指定難病97(潰瘍性大腸炎)は安倍首相も17歳の時にかかって最初に総理になったときにも発症し職を辞している(2000年)。食事が出来ずに3ヶ月間入院し体重も激減したが、その後重度の症状が出なくなったという。寛解したのではないかと言われているが、現在も体調はあまりいいとは言えないようである。 ともかくストレスを無くすこと、これこそが現代の病気を克服する手段である。 それと農薬の含まれる野菜などは敬遠し、森から湧き出す清水をそのまま飲料水として飲むことだ。自然水とは何かというと、森の中に有る様々な雑菌が多種多様に含まれる水のことを指す。 アトピー性の皮膚炎を始めとする様々な免疫機能に係わる病気は、雑菌が体内から消えてしまったために免疫細胞が攻撃する相手が無くなって健康な細胞を攻撃することによって起きるものなのだ(個人の考え)。でもこの考えは確実に当たっていると思う。田舎の水道のない村で転地療養すれば治るかもしれない。この文を読んでいる先生方が居たらぜひ薬や手術に頼らない治療法の開発の参考にしていただきたい。これで免疫由来の病気が半減したら確実にノーベル賞ものだが、僕は絶対に断る、何故ならそれ自体がストレスになるからだ。

【2019.05.16】
琵琶湖の近くや大阪市それに埼玉県などから一日掛けて同級会に集まったからか、昼に近くになっても名残惜しくてなかなか仲間と離れることが出来ない。ホテルをチェックアウトしてから喫茶店に入り談笑してから、飯田市内に移動して昼食を食べてもまだ分かれることが出来ず再び喫茶店で昔話に花を咲かせて14時すぎてようやく解散となった。大阪市の郊外に到着するのは今夜9時過ぎになるらしい。 せっかく時間を掛けて地元に戻ったのだから在所に泊まっていけば良いと思うが、既に父母は他界し家も朽ち果ててしまっている。故郷に帰る場所が無くなるのは実に悲しい事だと思う。時の流れは何もかも朽ち果てさせてしまう。 88歳になる佐々木先生は何日も前から我々に渡すべく印刷屋さんを呼んで色紙を作っていて今朝手渡してくれた。教員や養護学校の校長などを歴任し「竹炭」を世界に広めたことで「森の名手」に選定されている方である。88歳になって思ったことは子供に勉強せよと言ってきたことだったが間違いだったという事だという。今考えると「もっと遊べ」と言うべきだった語っていた。 僕は15時頃に家に戻ったが途端にどっと疲労感を感じてしまった。それというのも次回の幹事を仰せつかってしまったからだ、過去に行われた同窓会の大半は僕が幹事こそしなかったが実務はほとんどやってきた。なぜ次回が大変かというと、高齢になってくると人集めが極めて難しくなるからだ。 まあ僕も元気で居る限り同窓生の為に多少の苦労も楽しくやれば報われるだろうと思う。 ともかく昨夜は2時間ぐらいしか横になっていないので早く寝るとしよう。

【2019.05.15】
★2年ぶりの同窓会である。飯田市から30分ぐらい離れた場所にある昼神温泉に出掛けた。中でも大きなホテル「昼神グランドホテル天心」に集まった。ご主人の病気や父母の葬儀で急に出られなくなった人や入院中の人などもあり大勢集まることの難しさを改めて感じてしまった。 僕は集合時間よりも2時間も前に到着したが、既に何人か来ていて一緒に展望風呂に入ったが、7階にあって新録がいっぱいで見晴らしが素晴らしいかった。駐車場を見ると観光バスも数台停まっていて降りて来た人に聞くと静岡県の御前崎から来たと言うことだった。 昼神温泉は名古屋に近いことから中京方面の客が多い、またこの温泉街を抱える阿智村は税収が多いため他の小さな村が飯田市などと合併するのをよそ目に村を存続させた。やはり観光という資源は農産物などよりもいいのだが、温泉という資源は中々湧出しない。 阿智村は別として他の村は飯田市と合併したのだが、老人ばかりになって疲弊してしまった。 農村や森を抱える村のあるおかげで海に注ぐ河口付近は良い漁場となっているが、最近は森の手入れをしないため海での漁業もかんばしくない。 何故かというと森の木は葉を落とし腐葉土となる、この腐葉土が森の土の中に含まれる鉄分を吸収し雨とともに海に注ぐ。この鉄分はコンブや海藻を育てているのである。しかし鉄分が来なくなった海には海藻もなくなり、産卵のために来ていた魚も寄りつかなくなるのだ。 森はともかく、80歳を超えた先生も2名出席してもらい飲んで歌って旧交を温めて1日は終わった。

【2019.05.14】
★昨日は好天で夏のような陽射だった、土手のタンポポの綿毛(白いふわふわの種子)の兄弟が風に乗ってどこに飛んでいこうか相談していた。 今日は今にも雨が降ってきそうだったので朝一でウオーキングに出掛けて正解だった。戻ると間もなく降ってきた。今年は雪も雨も少なく農家の人の話によると夏の渇水が心配だという。我が家でも飲料水に使っている南アルプス山麓の山小屋の水源地もずっと渇水が続いたままで一向に解決していない。何か稲の不作とか野菜の全滅とかがありそうで心配だが、その反面で冬に降るべき雪や雨が夏から秋に集中豪雨として襲ってきても一大事である。何事も平穏が一番いいと言う事だが、その平穏が大嫌いだという人も居る。 アメリカのトランプ大統領もその一人である、自国に輸入する物の関税を引き上げれば販売価格が高騰し自国民に被害が及ぶ。それ処か中国が報復すればアメリカの製品も売れなくなり大量の解雇者も出てくる。これを承知で関税値上げに走ったと言う事は、裏で中国の習近平との次の会談で何とか収める密約があるのか、それとも中国と武器を使った戦争は出来ないから経済戦争始めるのか。ともかく政治家にとって平穏というのは政権維持に対する危機感なのである。 競馬の世界でも「無事之名馬(ぶじこれめいば)」という格言がある。これは競走馬が「能力が多少劣っていても、怪我なく無事に走り続ける馬は名馬である」ということだが、人間の世界にも通用する。 人一倍仕事をして褒められても若死にしたのでは元も子もない。 あくせく働かず適当にサボッて健康を維持し、家庭を大切にした方がより健康で人間らしい生活が出来ると言うことである。君たちも人知れずにサボるテクニックを身に付けたいものだ、これも能力の内なので有る。 昨日も書いたが、政府が進める政策は○○改革などと聞こえはいいが、全ては労働者をコキ使って企業が寄り多く利益を上げられるような仕組みになっているのであある。この事に気が付かないで働いている者達は自ら進んで「奴婢(ぬひ)」になったということだ。 奴隷制度はとうの昔に終わったように教えられ常識になっているが、実は形を変えて労働と賃金という形で生き残っている。 国境線は国民を閉じ込め、企業は労働者を閉じ込めて働かせているが、これが当たり前だという教育を補正していく必要がある。 正常に見える労使関係であっても何が間違っているのかと言えば、労働に対する報酬であろう。企業利益の大半は本来労働者に分配されるべきものだが、今では経営者が大半を取っている。その反面で放漫経営により企業が破綻し従業員が解雇されても経営者と株主の責任は株券の放棄でお終いでだ。これではありあまりにも無責任すぎないか。ここで資本主義の原則は何か、そして今後どう変えるべきかを早急に議論する必要がある。資本主義という言葉自体も変えていく必要があろう。

【2019.05.13】
近々阿智村の昼神温泉で同窓会が開かれるので幹事と話をしに行ってきた。二年前に行った前回よりも参加者が多少減ったが、その理由は入院中、介護中、通院中など病気に係わる事由が殆どだった。確かに我々の年代の父母は殆どが90歳過ぎているし、女性の場合旦那さんも高齢になっている。昨日になって急に出席出来なくなった人は母親が亡くなって葬式になってしまったというが、何と100歳だったという。 ともかく既に13%の同級生が他界しているのだから、何とか出席出来るだけでも喜ぶべき事だろうと思う。 僕の仲の良かった数人は病気などのために出席出来ないのが残念である。 友人とか仲間というのは多数いるが、中学生時代の同級生というのは他の人とは違う。いつも当時のあだ名や愛称で呼び合うことが出来るし、辿ってきた人生も似たようなものだ。家庭の事情までわかっているので話もしやすい。ある意味で心許せる仲間なのである。 バブルの時代を第一線で働き続けて来たのも僕たちの年代である。とにかく給料も上がったが労働者を守る法律が無きに等しい時代だった。友人の一人は片方の手の指を全部失ってしまったほど安全面などは疎かだった。 しかし今になっても労働者の環境は全く変わっていない。政府は相変わらず「働き方改革」などと馬鹿げたことを言っている始末である。今日の中日新聞の一面トップの記事はこの「働き方改革」によって残業することを禁じられた労働者が、昼休みの殆どを仕事に充てて居るという内容だった。これならまだ良い、大量の仕事を家庭に持ち帰って深夜まで処理するというのもバブル時代と何も変わっていないだろう。中には連休を家庭で仕事に充てた人も多かろう。こうなると残業代が付かないのでタダ働きである。要するに「働き方改革」などというものは日本にあっては政府が企業の為に考えた利益確保に過ぎないのである。 たかが10連休ぐらいで驚くような国民も世界でも珍しいだろう。2ヶ月ぐらいのんびり休んでもいいような労働環境と賃金体系を法律で定めるべきである。中小企業が無理だとなれば政府の力添えで解散すればいい。従業員も経営者も新しい道を探し与えるのである。いつまでも儲からない仕事で苦労していては日本の労働者がだめになってしまうのだ。 こうした未来と現実を如何に融合させて新しい労働環境を造っていくか、それが厚生労働省の仕事で有ろう。だが馬鹿者(成績優秀な者)ばかりを寄せ集めていたのでは何も出来ない。彼らの現状はなぜ何も出来ないかさえも議論出来ないのだ。税金泥棒とは彼らのことを指すのである。

【2019.05.12】
★歩き回っていると様々な風景に出合うが、生け花の師匠を凌駕するようなものには中々お目にかかれない。枯れ木の前景にツツジの赤と紫が何ともほどよくマッチングしている光景に出会った。画家や写真家の目指しているのは何だろうか?。たぶん自分の想像力と実風景との競争ではないだろうか?。 まだ夏には間があるというのに昨日に続いて今日も夕方になると雷雨になった。今日は天竜川から東方面が大雨になった模様である。我が家でも屋根にパラパラと当たる音がしたので外に出てみると小粒のヒョウみたいなものが屋根に弾けていた。 最近の極端に変動する気候は薄気味が悪い、温暖化の影響で海水温が上がった関係で海水の蒸発が盛んになったのが原因かも知れないし、まだ他にも思い当たる事は幾らでも有る。 人間がこの事を殆ど気にもせずオリンピックのチケットを我先に予約したり、普段と殆ど変わらない生活が出来るのも太古から組み込まれたDNAによるものだ。この脳天気なDNAこそ人類が立ちあがったり見知らぬ土地を求めて地球上を移動した原因である。この冒険心こそが今の繁栄を築いたのだが、その代償として多くの文明が頓挫していった。 今迄の歴史を見る限り文明の異常な発達は確実にその時代の人類を滅ぼしている。 また人類に有用な発明として知られるものお殆どは明らかに反対に作用している。 例えば、アレクサンダー・フレミングが青カビから見した「ペニシリン」を発見したのはあまりにも有名で、現在使われている抗生物質もこのペニシリンから生まれたものだ。この抗生物質はあらゆる怪我や感染症に大きな治癒力を持って重宝されているが、実はこの抗生物質こそが耐性菌を造ってしまった超本人でもある。耐性菌は様々な薬に対して耐性を持つように自在に自身を変えて薬の効力をなくしてしまうものだ。だから次の抗生物質を造り出す実用に迫られ、再びその耐性菌が出来るという繰り返しが今も際限なく続いているのである。早い話が、素晴らしい医薬品はとんでもない耐性菌を確実に生み出すということである。 縄文時代のままの方が人口も少なく食物も有り余る程有って暮らしやすかったのだ。ただし30〜40歳ぐらいの寿命しかなかったかも知れないが、会社でコキ使われる事もなく、争いも戦争も無く、家族で毎日のんびり暮らしていた30年は真に充実していたのではなかろうか。 君たちならばどちらを選ぶのか?、朝から深夜まで働き続けて時々はテレビを見たり旅行に行ったり旨い物も食べる生活を選ぶのだろうか。 ともかく人類は自分で自分の為にある大地を切り刻んだり汚染させてしまったのは間違いない。車の生産を制限するどころかトヨタは創業以来の売り上げと利益を計上している。 一個人が憂いても仕方がないから温暖化の進展に協力すべく生きているが、多分これが正解であろう。後のことなど知った事では無いというのもDNAに太古から申し送られてきたものだ。

【2019.05.11】
★9時過ぎると気温はぐんぐん上がって昼前には25度を超した。ウオーキングしていても汗だくである。いつもの通り道に住んでいるヤギのために路傍で餌を調達したが、今日は草むらの熱気を感じた。草はヨモギ、竹の葉、イタドリ、藤の葉、桜の葉などいっぱい入手出来るのでヤギも喜んでいる。しかし周りは果樹園ばかりなのでその付近で草は採れない。何故なら何度も行われる農薬散布で草の葉が真っ白になっているからだ。こんなものを食べたらヤギも死んでしまうだろう。 週に一度から二度参拝している近くの神社に寄って祈願して境内を歩いていると、何とウサギを連れた婦人に出会った。ウサギは暗くて涼しいところが好きなのでここが散歩には最適だと言っていた。ご主人も子犬を連れて一緒に散歩していたのでウオーキングや糖尿病の事などで話が弾んで40分ほど談笑してしまった。ウオーキングの楽しさはこうして様々な出会いがあることである。写真を撮らせてもらったので掲載したが、ウサギも猫と同じで飼うと可愛いと思う。 そんなこんなで今日は一万歩ほど歩いてきたが、ひとつ問題点を見付けた。それは医療に係わることである。 ★武田鉄矢さんの「今朝の三枚おろし」というラジオ番組で聞いたのだが、彼も糖尿病で薬を飲んでいるが、なかなか血糖値が下がらないという。それに空腹時の血糖値がいつも120−130あるとのことだった。かかりつけの医者は空腹時血糖値を何とかして70−80位にして下さいと言うが、彼は時々80位になると低血糖症状になり目が回るようになる、とのことだった。 実は僕も彼とほぼ同じで、空腹時でも確実に110以上は有る、それに12時近くまでウオーキングをして帰って血糖値を計ると時々80−90の時が有る。こんな時は確実に目眩がして吐き気をするほどの空腹感が襲ってくる。ひどいときは道路をまっすぐに歩くことも出来なくなる。 ここが日本のマスコミと医療関係者の大きな間違いである。 確かに空腹時の血糖値の平均は80前後かも知れないが確たる証拠などは無いだろう。それ処か個人差というものを考えに入れていないのだ。良くテレビCMで血圧が130超えたら○○を、などと言っているのがそれである。70歳を過ぎて血圧が120位だと体内の末梢血管まで血液が循環しないから、栄養分の補給が行われず内臓などに不具合が起きるのだ。早い話が130位で血圧の薬を飲んでいるのは自殺行為であると断言出来る。 こうしたデタラメを利権重視で野放しにしている厚生労働省もいい加減な役所である事は国民が知っての通りである。 今日も厚生労働省は先日琵琶湖で起きた保育園児の死亡事故に対して、園児の散歩などに使う通路について再確認せよという通知を全国の施設に出したという。明らかに責任逃れのようなものでしかない、こんな通達を100枚出しても事故は起きるのだ。それよりも園庭の無い保育園や幼稚園に何とか園庭が造れるように他の省庁に働きかけたりして改善を図ろうとするのが仕事の本質ではないのか。こんな通達だけで世の中が巧くいったら警察も医者も要らないだろう。 事故が起きたらその事故の本質を捉えて危険な交差点を無くす努力をしなければ役所とは言えないのだ。

【2019.05.10】
★一気に夏が来たようである。家庭菜園をやっている人の中で連休明けに急いで野菜の苗を購入して畑に植えた人達は遅霜の影響でだめになってしまったという。我が家は昨日買ってきて植えたが霜よけを今もしっかりとしているから大丈夫だろう。畑が小さいので限界が有ためキウリ、ナス、トマトなどの定番野菜を数本ずつ植えただけである。 昨日ここで「すいこんぼう」という植物のことを書いたところ、どんな植物か知りたいというメールがあったのでウオーキングの途中で写真に撮ってきた。田んぼの畦などを始め野原に幾らでもあって食べる事が出来るのだが、酸っぱいので誰も食べない。 しかしこの酸っぱさというのは他には無い味なので料理に巧く利用すれば変わった味の名物になるかも知れない。ヒット商品というのは往々にしてこういうところに隠れているものだ。 ★それにしても自分たちだけ良ければ良いというネジ曲がった考えの基に繰り広げられるトランプ大統領の政策の殆どは世界に不安と不安定だけをもたらしている。アメリカは自ら核軍縮協定を放棄しておきながら、イランが核開発を始めたと怒りを爆発させるのは明らかに横暴であり大きな間違いだろう。またミサイルの実験や実射訓練を毎日のようにやっている国が北朝鮮に対して弾道弾やミサイルを発射するなと言うのも間違っている。 地球上で自分たちだけが一番偉くて世界を牛耳っているのだという思い込みが根底にあるのだ。それとアメリカだけよければ良いのだ考え方はアメリカ人にとっては歓迎出来ることだから誰も反対せず大統領の支持率も下がらない。何かアメリカは自己満足のスパイラルに落ち込んでいるように見える。 日本には「実ほど頭を垂れる稲穂かな」という格言がある。アメリカには稲穂はあまり見掛けないだろうが小麦だって同じ事だろう。頂点を極めた者はやがて落ちていくしかないというのが自然界の法則である。どこの国も同じ事でやがて落日を迎える筈である。これは徳川幕府は絶対に崩壊しないだろうと思っていたのが時代の波にのまれて崩れ去ったことでもよくわかる。ともかくアメリカを始めとするキリスト教の社会を仏教社会に変えて行くぐらいの取り組みが必要では無いかとさえ思う。 どのような宗教でも人を殺していいなどというものはないのだ。彼らがキリスト教信者だというのは見せ掛けなのである。もしも本当に信者だとしたら追放されるはずだ。 ともかく世界が一つになる方法は一つだけしか存在しない、それは巨大な隕石が地球に向かってくると計算され確定した時からであろう。

【2019.05.09】
★健康を維持するためにも朝日に当たると良いのだという。祖父も父も朝一番に朝日に向かって手を合わせていたのを思い出す。今朝6時半に飯田動物園の猿山を見ると猿たちも朝日に向かって手を合わせたり拝んだりしているようだ。 他にも健康に良いことは幾らでも有る、笑うことについても最近の研究によると、嬉しいとか楽しいから笑うのではなく笑うから楽しくなるのだという。何にも無くても一人でも声をだして笑ってみると確かに楽しくなる。 そう言えば昔のことだが整体師の「浪越徳治郎」という人が居て「笑えば命の泉湧く」といつも言って大声で笑っていた。この人は様々な記録を持っているが、その中でも特筆すべきは日本人でただ一人「マリリンモンロー」の素肌に触ったというものである。彼に指圧を施して貰うと長年煩っていた腰痛も治ってしまったという。 彼は既に(2000年)に他界したが今も彼の理論というか哲学は健在である。 2014年に公開された映画「テルマエ・ロマエ」では浪越徳治郎の孫の浪越雄二氏が出演し、「押せば命の泉湧く」と大笑いしていたし、浪越徳治郎氏の肖像のようなものまで登場していたと思う。 笑う事は痛みさえも無くすという実験結果も出ている。これは日本医科大学リウマチ科の吉野槇一教授と林家木久蔵さんが組んで病院内で患者を前に落語を披露した、その結果笑っている間は 「リウマチの痛みが落語の笑いで消えた」というのだ。 その昔小学校の帰り道に腹が減って仕方なかったので路傍に生えていた「スイコンボー」を採って食べた、あまりに凄い酸っぱさだったが一本食べてしまった。その酸っぱさを消すために大声で笑ったことを覚えている。こんな時でも笑うことによって酸っぱさが消えてしまったのだと思う。 ともかく笑顔というのは家族も社会も明るく朗らかにするのは間違いない。みんなで笑おう!!きっといいことが有る。 ★この連休中に各地で行なわれた行事などを調べてみると、必ず最後には何かを食べるというものばかりだった。遊んで食べ、走って食べ、登って食べ..。エネルギーを使って補給するのは当たり前だが、無駄に使ったエネルギーを食物で補充するのだから環境に悪い事ばかりしていたとも言えると思う。 人はなぜ毎日働くのだろうか?、食べて生きるためだろうか、それとも家を建てるためか。若しも無駄なことをしなければもっと楽に生きられないかと言う方向も今後は考えたらどうだろうか。何が何でも残業を100時間して死ぬ寸前まで働くということを考えるのは人間だけだろう。もっと適当に考えられないか。働いて得た金で旨い物を食べれば消費税、賃金からも所得税を支払い、車に乗ればガソリン税。これだけ多くの税金を納めても行き着くところは1兆円のステルス戦闘機にしかならない。啄木の言う労働者は幾ら働いても暮らしは良くならないというのは事実である。労働者が働けばこれ幸いに増税されるのが落ちとなる。「マナケモノ」という動物は無駄な労働をしない、だから大量の食物も要らない。一生働いて死ぬのもいいがたまにはナマケモノになろうではないか。10連休でくたびれたとか長すぎたなどと言う者達は、戦前の労働者よりも政府に洗脳されているように見えてならない。

【2019.05.08】
★南アルプス山麓の山小屋の畑に僕が30年ぐらい前に植えた「御衣黄桜(ぎょうこうざくら)」が満開になったようなので見に出掛けた。海抜が千メートルを超す山小屋は今朝6時の気温が0度だった。9時に到着したときは10度ぐらいになっていたが防寒衣が必要ようである。新緑も山小屋から300mぐらい登っている。 御衣黄桜もほぼ満開になっていて相変わらず緑色の花を咲かせていたが例年よりも白っぽかった。この桜の隣に大木が一本あったが昨年の秋に切り倒したから今年は日当たりも良くなり養分も多く取れるだろうと思う。 冬の間仕舞ってあった雨量計を設置してきた、近隣に雨量計が無いから洪水の予知に役立つだろう。 ★今日も痛ましい交通事故が起きて小さな子供が犠牲になった。こうした事故は何の違反もしていない人達が犠牲になってしまう。どうたやったら防げるのだろうか?。 僕の家の周りは農家ばかりである、朝晩の通勤時間帯は別として昼間帯に走っているのは老人と老婆が運転する軽トラックが多い。ウオーキングしながら見ているとこういう車の多くが右左折の祭に信号を出さない。それと自分の畑の横の道路に半日ぐらい平気で駐車しっぱなしである。もちろん2車線しか無いから歩いていて対向車があると危険になるのだ。要するに高齢だが健康で田畑での仕事は出来るが交通法規などに無頓着であり、あまりにも図々しいのである。 遠方から家に寄る人に僕がいつも注意するのは、軽トラックとプリウスには気を付けよ、ということだ。 交通事故の原因はまだある、都市や高速道路まわりの道路の複雑さである。目的地に行くにはどう曲がれば良いのか、信号機が幾つもあるが始めて通るとその動きがわかりにくい。 以前僕が北陸に行ったときにあったのが高速道路の入口を入って本線と合流する前に交差点があり信号機があった。 日本は老人大国になると言いながら、環境は老人向きで無く複雑になるばかりである。 先日も予測した通りに株価はガンガン下がっているが、そんな事は遊びの範疇だからどうでも良い、それよりも何とかして交通事故を無くす事に政府は専念してもらいたいものだ。 もうひとつ考えなければならないのは、保育園の中に園庭が無く近くの公園などに出掛けるという保育の実態である。世界でもトップクラスの稼ぎを上げながら貧困国家と言われる日本の政治を何とかしなければならないということであろう。

【2019.05.07】
★床の間の前に飾ってあった五月人形は昨日妻が片付けた。40年前に父母が買ってくれたものだ、買って貰った本人(長男)は毎年飾ってもあまり感動しないようだが、僕は当時のことを懐かしく思い出してしまう。元気だった父母が長男誕生を祝って自ら人形店に出掛けて購入したものだ。 家族は減ったり増えたりして代替わりしていき祖父母も父母も今は居ない、だがこうした思い出はいつまでも記憶に残って消え去ることは無い。ランドセルを買ってくれた日、長女の成人式の振り袖を買って貰った日..。考えてみると何でも父母の世話になっている。しかし父母にとってのこうした出費こそ大きな楽しみであり喜びであったろう。昔は旅行に行く訳でもなく電化製品を買うわけでも無い、働いて貯金して子や孫のために使うのが全ての目的だったのである。 僕が感動したのはこれだけではない、父が自家の山の奥まで登っていって長い杉の木を切って来て皮を剥き、数ヶ月ぐらい乾燥した後にカンナを使ってきれいな柱にした。そして五月の初節句の前に庭に建てて幟(のぼり)を掲げてくれたのだ。 子供の日とか母の日や父の日があるが、この日はこうした今は亡き人達を思い出し感謝する日でもある。供養というものは在りし日を思い出すことによって感謝することだ。 日本には毎年2万人から3万人の自殺者が居る、死ぬのはいいとしても今迄育ててくれた家族に対して何と申し開きができるのだろうか?。命とはそう簡単な物ではない、必死に生きようとする人の存在を知ればそう簡単に死ねるものではないだろう。 ★政府は働き方改革だと言って休息を取るように指導しているが何の事は無い、この連休で多くの人が過労に陥って寝込む人が続出しているという。確かに観光地や飲食業などに係わる人達は寝る暇も無いほど働いたようだ。これを何とかしなければ労働者はコキ使われ寝込むか過労死である。 例えば新元号に使われた「令和」ゆかりの福岡県太宰府市にある坂本八幡宮では宮司や氏子などが観光客の対応に追われ、過労になって寝込む人が続出していて今後は土日しか対応しないということだ。こうなると何か馬鹿馬鹿しささえ感じてしまう昨今ではある。 従業員の健康を考える事がトップの仕事である、これは何度も起きているバス事故の度に言われていることだが、要するに誰も真剣に受け止めていないのである。いまや政府が太鼓を叩いても誰も踊らなくなってしまったということだ。まあ政府の言う通りにやっていたら会社は潰れてしまい、誰も応援したり援助などもしてくれない。

【2019.05.06】
★野山の新緑は海抜千メートルを超えている、今の時期しか見られない黄緑色の森は見るだけで目に良いと思うから本当に良いのだろう。果樹園を歩くとブドウが芽を出していた、ブドウは芽を出したときからブドウになっているのも面白い。 ようやく日本列島に静けさが戻ってきたようだ。近くのスーパーに買い出しに行ったが道路はガラガラだった。帰省していた人達はほぼ昨日までに帰ってしまったからだろう。残ったのはカラの財布と疲労だけというのも日本の連休らしいではないか。僕は並んで待つのが大嫌いなので混雑した観光地やレストランなどには決して行かない。連休は家で焼き肉をしたり、周りに植えてあるフキを採って煮物にしたりして春を満喫しているのだ。 とにかく大勢の人が出歩くので交通事故も多発したようだ、楽しい筈のゴールデンウイークに家族に死人が出たのでは救われない。相変わらず高速道路の逆走も問題になっているが、逆走車は老人ばかりでは無く20代から平均して起こっているものだ。明らかに高速道路の設計不良と逆走防止の対策が行われていないせいだろう。これだけ電子機械技術が進んだ社会で有る、高速道路の入口で逆走を検知するのは簡単な事だろう。曲がりなりにも高額な料金を取って走って貰って居るのだから対応策は早急に講じるべきである。何か日本道路公団は事故を起こした者の責任のように言っているが、責任の多くは公団にあると言っても過言ではないのだ。 ★トランプ大統領は中国との貿易に絡んで妥協するどころか更なる関税値上げをツイッターで公表した。世界同時株安の始まりである、昨日僕はここで現在の状況を「経済もリーマンショック以来の危険水域」と書いたが、見事に的中した。的中というのは実に気持ちの良いものだ。明日の兜町のバクチ好きの連中の嘆きとか溜息を垣間見るようで楽しいではないか。そろそろ第二のリーマンショックが始まるという予測をしているが、起きたとすれば前回よりも深刻な事態となるだろう。今のうちに換金するのも良いがそれでは投資家としての名がすたる。こんな時こそ才能の有る者は儲ける時である。何故なら投資家の殆どはコンピューターの指示によって売り買いしている無能者だらけだからだ。こういう連中から財産を巻き上げるのも投資の楽しみの一つだろう。

【2019.05.05】
★柱の傷はおととしの五月五日の背比べ..去年は何故背比べをしなかったのだろうか?、という疑問はさておき、夕方になって急に雨が降り出してきた。どこの予報を見ても降るというのは見当たらなかった。今やコンピューターを駆使しても天気予報は難しくなったということだろう。要するに気候や気温が穏やかに変化しなくなってのである。温暖化は人工衛星までも無用の長物と化してしまうのだろうか。 ★退位して上皇となった陛下は退位後始めて皇居外に出て親しい友人(テニス仲間)と歓談したという。いままで私的な集まりに参加することが難しかったのだろう。今日合った人達は殆どが高齢者だから、若しも引き続き天皇を続けていたとしたら二度と会うことも叶わなかった仲間であったろう。こう考えてみると天皇とて人間である、人間である以上は人権もある。全く人権を無視された生活を何十年もするのは耐えられないことだろう。意見も自由に言えず、自分の子供や孫にも会いに行けないのは明らかに人権無視ではないか。こうして人権を放棄するのが天皇だとしたら、たぶん僕らには耐えられないと思うのだが..。 しかし我々にとっての自由とはその大半が選択肢の自由であろう。食べるものの自由、行く場所の自由、結婚相手を選ぶ自由、着る物の自由など多岐に渡る。しかしこの自由というのが意外に面倒なのだ。 北朝鮮から韓国に亡命していた数人が自ら希望して北朝鮮に戻るという事件が有った。何故戻ったのかというと「何をするにも自分で選ばねばならず重圧を感じたから」だというのだ。選択肢が多いと言う事は実は大きなストレスになるのである。学校を選ぶ、就職先を選ぶという行為をとっても如何に大きなストレスになっているかわかる筈だ。敷かれたレールの上を単調に生きていくのは傍目に見ると自由が無いから大変だろうと思いがちだが、現実は違うと言うことである。 こうして見ると天皇という職を何十年も続けて来られたのも選択肢が無かったからだと言えないだろうか。 僕はこの「転世神誤」というブログを毎日書いているが、目的は一般的な物の見方と違う角度から物事を見てみようという主旨で書き始めたものだ。 北朝鮮という一見自由の無い国であっても見方を変えれば良い国なのかも知れないと言うことである。 いま社会は既に何もかもが飽和状態にある、例えば経済もリーマンショック以来の危険水域に突入している。家庭も友人との付き合いも企業の活動も考えられる頂点に達している。要はもうこれ以上新しい考えが浮かばないところまで至ったと言う事だ。 こうした時代に何をすべきかを考えるのが政治であり経済学者の仕事なのだが、彼らの脳も飽和状態で今さら何をか言わんや状態である。 明らかに世界も行き詰まりを迎えている、例えばイギリスのEU脱退問題とか、大阪都構想とか..行き詰まったものの打開策というか折衷案すら見当たらないではないか。このままの飽和状態を続けることは何らかの危険を孕んでいるとみるべきだろう。 金持ちになる為には周りを貧乏人ばかりにすればいい、こうした極端な考え方しか通用しないのも飽和状態になった証しである。

【2019.05.04】
★ようやく好天に恵まれたのは良いがウオーキングするには暑すぎるぐらいだ。まだまだこれから気温は上がって真夏には36度以上になるから今のうちに体を順応させなければならない。日本であまり雨が降らないと思ったらインドではハリケーンが上陸して大きな被害が出たようだ。数万人が避難生活をしていると言うが、最近はどこの国でも避難所生活する人ばかりではないか。災害は間違いなく今年も襲ってくるが、政府は仮設住宅をもっと迅速に建てる方法を考えるべきだろう。それと建物もいい加減な物ではなく外国並みに20年ぐらいは暮らせるようなものを建てるべきだ。改憲議論をする前に閣議でも開いて決めれば良いだけのことだから早急に取り組もう。 ★それにしても新天皇陛下の一般参賀はどうだ、開門前に5万人が押し寄せたという。国の象徴である陛下を一目見るというのは良いことだろう、昔から参賀でなくとも地方から奉仕作業に出向いていた人は多い。 多くの参賀者は最近の天皇陛下の言葉とか行動が国民に愛される皇室に近づいた証拠でもあろう。 どこかの国の国王は近くの公園で昼寝をしていたという話もあるが、そこまで行くのは行きすぎかも知れない。しかし皇室という利権は宮内庁の多数の職員を養っているのが気掛かりだ。養っているだけならともかく天皇陛下を使い回す用に見えるのはどうかと思う、そんな事は無かろうが自分たちの利権の為の天皇であってはならない。 安倍首相も自分が天下を取ったと確信するならば年号ぐらい変えてみたらどうか、秀吉も家康も権力を掌握したことを庶民に納得させるために年号を変えている。年号を勝手にかえるほどの実力が無ければ権力を掌握したことにはならないということである。 ★さすがに天才の実力発揮である。あのライブドアの堀江氏がついにロケットを宇宙空間に到達させたのだ。何でもヤル気が有れば出来ると言う証明だろう。たぶん彼は自費で打ち上げたのだろうと思うが、無駄に絵画を買ったり海外に別荘を幾つも所有するよりはいい。彼のようなベンチャー精神が未来を開くのだろう。そして国の打ち上げるロケットよりも遙かに安い金額で人工衛星を静止軌道上に乗せることを証明しようではないか。たぶん彼のどこかにこうした目論見も有る筈である。湯水の如く税金を使って探査衛星を打ち上げるという無駄もそろそろ終わりにしたいものだ。そのカネで新しい仮設住宅を開発した方が喜ばれるのは間違いない。

【2019.05.03】
★憲法記念日である、記念日に相応しくないような好天である。 改憲議論を盛り上げねばならないが、日本人は目先の享楽に浮かれて無関心派が90%ぐらいは居るだろう。しかしそれも無理は無い、今となっては憲法など有って無きが如しの状況だからである。軍隊を持ってはならないというのに世界でも有数の兵器と軍隊を持っているし、海外派兵なども閣議決定で自由にやっているからだ。しかも派兵に係わる日誌などは全て偽造されていた。 この国にして改憲議論など無駄と言わざるを得ないではないか。 いざとなれば日本は世界でも有数の核保有国になることが出来る。もちろん大陸間弾道弾の飛行にも一年もかからないだろうし、核弾頭を積んで飛ばすのも1年以内に可能である。それはハヤブサという探査機の性能を見ればすぐに判ることだ。化学実験と称して宇宙からの攻撃に必要な機材の開発も終わりデータもほぼそろっている。 国連というのは何かというと第二次世界大戦の敗戦国日本が再び軍隊を持ち侵略行為をしないかどうか見張るための組織である。それは今も変わらないが、国連の職員を始め活動に必要な資金の多くを日本が投入しているから戦勝国も文句が言えないのである。 僕が思うに、日本は世界にとって最も脅威のある国であろう。資源が無いのが唯一のブレーキになっているだけで、これが手には入ったら何をしでかすか判らない国なのだ。それはここ数年来の政治の動向を見ていればわかることだ。要するに閣議決定すればアジア地域への派兵も支配も可能なのである。 馬鹿馬鹿しいことだと一笑に付すのは容易いが、現実となった時に泣くのは庶民であり、死ぬのは弱者であることを忘れてはなら無い。 もちろん第二次世界大戦も現在と同じような空気の中から始まったという事も忘れてはならない。アメリカは日本と仲良くやっているように見えるが、実は戦争がしたくてたまらない国と見るべきだろう。TPPなどの貿易交渉も同じ流れであり、世界に対する無理難題もその現れと見るのが正しかろう。 中国も同じ事で他国とのイザコザを政治利用し人民を掌握する手段としているに過ぎない。 こうした人間として本能でしか生きられない者達の為に戦いで死んでいく人は救われないではないか。しかも死に対する考え方を教育によって天皇崇拝の証しとなるように仕組んでいたのである。 ここまで考えると考えすぎかとも思うかも知れないが、実は裏の政治はもっと数倍も怪奇なことを考えているのだから庶民の手に負えない。 オリンピックのドサクサに紛れて改憲を進めようるするのは以前からの計画的な行為である。だから賄賂を使ってでも招致する必要があったとみるのが正解であろう。こうした庶民の考えを逆手にとって政治というものは進んでいくのである。 馬鹿騒ぎしてその後に来るものは後悔という2文字に尽きるだろう。

【2019.05.02】
★昨日の天候から一変し今日は初夏の陽気である。空は青く澄み切って気温も高い、いつもこんな気候ならば日本人もそう医薬品を飲まずに長生き出来るような気がする。以前病院に行った時に見た光景はまるでスーパーであった、老婆が院内の薬局でレジ袋いっぱいの薬を受け取って帰る姿は異様な光景だった。こんなに飲んだらきっと別のどこかが悪くならないだろうかとも思った。しかし薬をくれないと文句を言う患者も多々有るから医者も判断が難しかろう。医療費はこんなふうにして莫大な予算を消費するのだろう。 それはともかく日本人の多くがこれほど天皇を崇めていたとは知らなかった。しかし戦前とは違っていることは間違いないだろう。陛下の為に死のうなどと考える人はそうは居ないだろうと推測する。平成になってからの皇室は大きく変わってきた、あくまでも庶民に寄り添うという陛下の考えが国民に理解されたのだろう。 連休もあと4日で終わるが前半は雨ばかり降っていたが後半は好天になりそうだ。僕の山小屋のすぐ近くにある大島河原キャンプ場も連日賑わっているようだ。彼らは雨も計算に入っているのでそれなりに楽しんでいるようである、要するに雨も自然現象だからキャンプもその現象を楽しむのに絶好の機会なのだ。だからキャンプなのであり自然と直に接することになるのだ。 日本人は働くばかりで遊び方を知らない、だから連休を過ごしても疲れが残るだけに終わる。第一に連休という制度は良くない、短期的に混雑するばかりで事故も多発する。企業は一年を平均して従業員に長期休暇を計画的に与えると良い、これはヨーロッパなどでは当たり前のことだ。 人は働くために産まれて来たのではない、見聞を広め知らない世界を体験し、旨い物を食べ友と語り合い自己を研鑽(けんさん)するのだ。 令和という新しい時代は格差の是正、労働者の地位向上、地域の活性化、忖度政治の是正、天下りの撲滅、全ての原発の廃炉など総理大臣がやらねばならぬ事は幾らでも有る。その為の税金なのである。税収の増減に対する様々な是正処置は公務員の人員削減で対応すべきである。また特定の企業の為に事実を隠蔽したり庶民の為にならない事をしないことだ。 例えば僕はここで何度も書いているが、高齢者がプリウスのような車を運転することを規制しよう。この車は明らかに高齢者には欠陥車である。高齢者事故の全貌を明らかにして事実を把握し人命保護のために隠蔽せずに公表し規制するというのは政府の仕事である。 ユーチューブでこの問題について解説しているビデオがあるので一見して貰いたい(ほかにも何件もある)。燃費が安くて良いなどと言う理由だけで人を何人も殺してどうするのか。せっかく長生きして令和という時代まで生きて来たのだから、ケチな人間は数万倍もその代償を払うことになるということぐらいは知っておきたいものだ。

【2019.05.01】
★日本中が年号が変わったことで大騒ぎした一日だったが、我が家も朝から多分に漏れず大騒ぎである。僕の息子が今日結婚式を挙げたからだ。場所が近かったから良かったものの朝早くから着付けや移動の手配で右往左往しまくった。昨日借りてきたモーニングを着ようとしたが、ネクタイの結び方までどうのこうのと一悶着である。昔と違って式も一日で終わり自宅でやるわけではないので楽なものだ。昔は親戚一同が集まって前日に準備と前祝いをして、当日はドンチャン騒ぎ、翌日も親戚など集まって後片付けしてからまた宴会である。4日目にしてようやく家族で片付けをするのだが、茶碗とかトックリ、さらには座布団からヤカンまで借りてきた物を洗って返却しなければならない。とにかく疲れたという印象しか記憶に無い結婚式だった。 令和という新しい時代の始まりが葬式ではなく結婚式から始まったと言う事で、一応「めでたい」と言う事になるだろう。 平成の30年間は事件や災害が多発し何万人もの死者と家や田畑を失う人も合わせれば数十万人に上るだろうか。この事を考えると、ありがとう平成などと簡単に言えるものではない。 それにしても最近の日本人は何かがおかしい、ハロウインだと言って集まっては騒ぎ、アニメの大会だと言っては数万人が押し寄せる。 平成から令和は年越しには違いないが二年詣りまでやるという念の入れようもおかしい。なぜ日本人はこうも集団化を好むのか、若者は令和などという年号が何故あるのかも知らないまま大騒ぎする。また天照大神という神様の存在を知っていて崇拝しているのだろうか。 こうした背景にはスマートフォンを使ってネットで目立とうと言う目的で犯罪まで犯してしまう現実と似通っている。明らかに自己主張の具現化の一つであろう。 目立つと言う事は良いことだ、しかし彼らはどうやったら目立つことが出来るのか判らないから他人のやらないことを実行する。それが犯罪で有ることも判らないという事実は、自分の将来についても何ら希望とか目的を持っていないと言う証拠であろう。 今から50年ぐらい前、日本人は貧乏だったが希望に溢れていた。そして誰もが働いてある程度裕福にいなったのだ。電話もテレビも冷蔵庫も無い時代も生きて来たが、あまり不都合は感じなかった。全てに満たされると人はもっと他の面白いことを考える、例えば田舎暮らしとかだ。田舎暮らしは良いことだが、調べてみると田舎暮らしを始めた人の大半は1年以内に挫折している。人と違ったことをするには死んでも良いと言うほどの覚悟と勇気が必要となる。田舎が疲弊してしまった昨今で有る、田舎暮らしは大いに結構なことだ、政府も自治体もこうした人達の支援をすべきだろう。昔から田舎は子供を育てて都会に送り出してきた、今こそ都会から田舎に向かう人を応援すべきである。更に田舎は森や林を育てて、綺麗な水を都会に供給してきたことも忘れてはならない。 令和という時代を都市部だけでなく疲弊した田舎を復元する時代になってほしいものである。