2008.08.31
夏が過ぎてしまいそうな涼しい日が続いていたが..今日は真夏並の暑さに戻った。
 爽やかな初秋の風を求めて山小屋に出掛けてみた。行く途中で空を見上げたらウ
ロコ雲が出ているではないか、早速車を降りて撮影できるポイントに移動して撮っ
た。滅多にお目にかかれない雲である、
本当に魚のウロコみたいで名前を付けた人
も躊躇する事はなかっただろう。 山小屋に行ってみるとサルスベリが咲き始めて
いた。てっきり咲き終わりと思っていたがこれから咲くのだ、海抜が高いと様々な
植物が平地とは変わった計らいをしてくれる。池の横にはまだアジサイも咲いてい
た。 このところの雨で雑草が生育しなかには背丈ほどにもなっているものさえあ
る。鎌(カマ)を持ち出して草刈りである、草の中は湿度が高くとにかく蒸し暑い、
2時間ほど刈っていたら汗と泥にまみれてしまった。 こんな時に露天風呂があれ
ば..今まであった露天風呂を造り替えようと思い今年の春に撤去してしまったの
だ。その後方針が決まらずいまだに造っていない、何とか早く完成したいが..。
陶器の五右衛門風呂タイプか、ジェットバスか、石造りか、檜造りか、猫足バスタ
ブか..とにかくいまだに決まらないのだ。 そろそろ夕焼けの季節を迎える、南
アルプス山麓の夕焼けは素晴らしい、自然が造る美しさはどんな画家の腕でも及ば
ないだろう。それに静止せず刻々と色や形を変える、二度と同じ物は造らないのだ。
 こうした大空の下に立つと全ての動植物は地球の大自然に抱かれている事を感じ
ずにはいられない。 春来たりなば冬遠からじ..と書いたのが昨日のような気が
する..ススキや萩もそろそろ開花を始めるだろう、そういえば今日は二百十日で
もある、また明日は防災の日、関東大震災がおきた日でもあり1939年には第二
次世界大戦が始まった日でもある。 時間は全ての事柄を過去に追いやって新しい
未来を提供していく、その未来を豊で穏やかなものにする事こそ人が生きているた
だ一つの理由かも知れない。

2008.08.30
集中豪雨というのは本当にある地区に限定して大雨を降らせるものだと実感した事
が起きた、それは昨日の夕方自宅から直線距離で4〜5kmしか離れていない場所
で雨や強風それに降雹(こうひょう)があったという事だ。自宅付近では風もなく
ただ雨が適当に降っていただけだったが豊丘村という地区では強風で果樹が根こそ
ぎ倒れ降雹で林檎や梨それに野菜などが甚大な被害を受けたという。 こうした局
地的な降雨は川の下流に住む人々を鉄砲水という形で死に追いやる事にもなる。 
科学や気象予測が如何に発達しても救えないような突然の気象変化である。 岡崎
では溢水により死者や行方不明者も出ている、何で毎年多くの人々が犠牲にならな
ければ季節は先に進んでいかないのだろうか..。 人は昔から自然に抱かれてき
た、それは見方を変えれば自然に命を預けてきたと言っても良いだろう。その自然
という計り知れない力を持った優しい母は時に鉄槌を下すのだろうか..もしそれ
が本当なら破壊した悪者にお仕置きをするべきだ。しかし自然はそうした選別をし
ない、あくまでも公平なのだ。 そのことを考えると大きな心というものは如何な
るものなのかの片鱗を見る事ができよう。自然(神)とはあらゆる場面で公平を保
つものなのだ。 これは悲しい事でも悲観する事でもない、我々は生まれながらに
して皆公平であるという証でもあるからだ。 だから何も自らを卑下する事もなけ
れば諦める事もない。チャンスも公平に巡ってくるし不幸も公平に巡ってくる。だ
から..あんないい人が何で癌になってしまったのか..などと嘆く事もなかろう。
 では自然はこうした自然の力を持って何を教えようというのか..それは毎日堂
々と胸を張って生きなさいと言うことなのだ。 一粒の雨を見たらこうした考え方
を思い出そう、風が大きな音を立てたら今も生きている事を感じよう、太陽がさん
さんと輝いたら必ず冬は来るものなのだと認識しよう。 こうして精一杯自然を感
じて生きる事によって人生は穏やかで充実するのである。 秋になると森の木々は
自らの成長の為に葉を落とす、同じように人も何かを成就させるために一生を終え
るのである。そう思えば人生も捨てたものでもないだろう。

2008.08.29
毎日のように集中豪雨のニュースばかりが飛び込んでくる。1時間100mmを越す
雨はバケツをひっくり返したなどという安易なものではない。その雨を見ているだ
けで恐怖心が沸いてくるのだ。 山が崩れ堤防は決壊し道も住宅も水浸し..その
なかで行政も誰も助けに行かなかった独り暮らしの老人が水死するなど痛ましい限
りである。 平成21年度予算の要求で国土交通省は道路予算を15%増要求した
という。やはり国土も何も考えない馬鹿集団だとわかるだろう、こんな災害に弱い
国土で高速道路の延長など二の次だと言う事がわからないのだろうか。山奥の一軒
家ならともかく都市の中心街が水没するのである、こうした災害は他国が侵略して
来るのとどこが違うのだろうか..。行政の命の軽視化は年を追って悪化の一途を
辿っている、もちろん冤罪のねつ造などもこの範疇である。 こうして山から村か
ら街中が道路に埋め尽くされその建設によって山崩れを誘発し人が死ぬのである。
 災害対策は国の重要な仕事で財源がなかったら躊躇せず国防費を振り替えてやる
べき仕事である。 始めからボタンを掛け間違えている政治は選挙を前にカネのば
らまきを始めた、税金を有効利用できないことを平気でしているのだ。 その場凌
ぎの人気取りはもう犯罪と言ってもいいだろう、昔から農業補助とか何とか言って
田舎の票集めをしたものだったが、もはやそういう時代は終わったはずだ。800
兆円とも言われる財政赤字は毎日の利息だけでも介護保険や健康保険制度などを賄
えるほどだろう。こういう赤字を作った企業は社員の給料を減らし無駄を省いて解
決に奔走すべきだが..防災工事もろくにせず政局の事だけが脳裏にこびりついて
誰も真剣に取り組もうとしていないのだ。 命がけでやると誓った選挙カーの上で
の言葉はお笑い芸人のトークよりも軽いと言われても仕方がなかろう。 まだまだ
雨は降るし台風も来る、それに危惧されている地震も来るし富士山も噴火するかも
しれない。 危険のまっただ中で生活している庶民はお笑い番組を聞いて笑って過
ごすか、それともお馬鹿キャラの言動を聞いて自らの能力を過大に評価して優越感
に浸るか..。 21世紀になって人類は本当にお馬鹿になったと実感する事ばか
りが目立つ。

2008.08.28
今から何年ぐらい昔の事だろうか..当時はモノクロテレビしか無かった。友人と
カラーで見えるテレビは本当に出来るだろうかと冗談交じりに話し合ったことがあ
る。当時の状況では先ず無理だろうということだった。そして何年かしてカラーテ
レビが発売されたのだが..何といってもその大き さと価格に圧倒されてしまっ
た。そしてその頃の話題と言えば壁掛けテレビは出来るのだろうか..ということ
だった。当時はブラウン管の延長線上で考えていたので、やはり無視だろうという
ことになった。ブラウン管は紆余曲折を重ね電子銃を斜めに配置した薄型扁平管ま
で到達したがそこで挫折した。だが技術は液晶という新素材を手中にし遂にソニー
では40型で厚さが9.9mmという所まで到達したという。10mmを切ればも
う壁掛けそのものである。 だが液晶にも問題がありそうだ、最近液晶のテレビを
見ると目がチカチカして仕方がない。たぶん多くの人は新しく液晶を買ったとき同
じような経験をしたと思うが、その内に慣れてきて何とも思わなくなってくる。あ
の突き刺すような痛い光は青色発光ダイオードを間近で見たときにも起きる。もし
かしたら知らず知らずのうちに網膜や角膜が何らかの影響を受けているのかもしれ
ない。 液晶はブラウン管に比較して消費電力が少ないし大型の物もできる。こん
な便利な物はどこかに何らかのリスクが潜んでいると考えねばならない。こうした
考え方は産業革命以来人類が修得してきた唯一の教訓だとも言える。便利な物には
必ず危険が伴う、それは如何なる場面でも変わらない。人はこの先ももっともっと
便利な物を造るだろうが、それによって新しいリスクもどんどん増えていく。 家
の犬が咳をするようになってしまったので医院で気管支拡張剤という薬を出して貰
った。だがその薬は心臓に悪影響を及ぼすというのだ、元々心臓も良くない家の犬
はどうしたらいいのだろうか..こんな場面でも二者択一を迫られる。果たして飲
むべきか飲まざるべきか..それが問題だ。

2008.08.27
もう富士山頂には初雪が降ったという、そういえば日が暮れると家の周りで秋の虫
の合唱が始まっているではないか。 ガソリン価格も引き下げが始まったが業界の
汚いところが丸見えだ、要するに値上げは即座に値下げはジワジワという利益優先
主義そのものだ。企業は社会の為になるべく存続するのであるという原則はここに
は微塵もない。 中国は国を挙げて国家の威信を賭けてオリンピックを遂行したと
いう記事が多く目にしたが、日本だって同じ事でメダリストに国民栄誉賞を税金で
贈るなんぞはこれと同じ事だろう。それに文部科学省も税金を使ってメダリスト増
産しようなどというオリンピック憲章をまるで無視みたいな発表もあった。オリン
ピックは参加する事にのみその意義を見いださないと今後もっと歪んだものになっ
てしまうのは必至だ。 要するに今のような考え方でヤルなら税金は一切使うべき
ではない。カネが必要ならスポンサーを探せばいいし参加したければ個人で貯金し
ていけばいいだけのことだ。早い話がメダル獲得は個人の道楽の一部なのである。
例え100個メダルを持ち帰っても老人問題や年金問題など何一つ前進するわけで
はない事に注目したい。国からみたスポーツは国民の目を現実や政治からそらす好
都合なイベントなのだ。こうしたイベントに騙されない国民が多く存在する国はお
そらく社会保障もしっかりしているはずである。 飯田市の近くに大鹿村という山
村がある、そこには空き家が多く有ったが、ほどなく外国から来た家族が多く住み
着いて自給自足生活を楽しんでいる。以前は子供も自宅で家族が教育するという筋
金入りの人も居たようだが..。水田を作り野菜を育て山羊を飼い..彼らの目的
とするのは一体何なのか..。たぶん国家や政治に騙されないような人格を造り育
てる事なのではないか..。僕も何人かここに住む人達と面識程度はあるが初対面
の時こうした感想を持った。 国家というまとまりを悪として捉える事、それは海
賊だって山賊だって暴力団だって同じように徒党を組むいう点で一致している。 
人は1人なら率直で穏やかになれても数人が集まるとそこで一番の悪党の意見が全
体を引っ張るようになるのだ。これが徒党を組むというという言葉の語源でもある。
 徒党のことをアメリカなどではファミリー(一家)というが日本でも清水次郎長
一家などと言っていたから同じ事だ。 人は皆個人に帰るべきだ、まとまって大騒
ぎする群衆にまみれる事..それこそが大きな間違いや戦争の始まりだと知るべき
である。

2008.08.26
トヨタが車の値上げを発表したが..現実は値下げになってもいいのではないか。
なぜなら自動車の需要低迷で鋼板の価格が暴落を始めたからだ。確かにプリウスの
ように希少金属を使った電池や触媒を搭載する車は値上げ傾向になるが鋼板が下が
れば差し引きゼロとなり車が売れない分値引きや価格引き下げという事になるのが
一般的である。 中国の経済は今までのオリンピックバブルがはじけて元に戻ると
いうのが大方の見方だ。元々こういう政治の圧力で見せ掛けに繁栄を誇示する国は
実力が伴わないから冷え込みも速くなろう。こうした憶測が上海あたりの株価を押
し下げて経済の冷え込みを加速しているのは喜ばしい事だ。このまま中国やインド
がアメリカや日本のように汚染物質を吐き出し続けたら地球は完全に住めなくなっ
てしまう。しかしこうした責任をこれらの国に押し付けるのではなくG8メンバー
の国はそれなりに対応する義務があろう。あと5年以内に1980年レベルのCO
2放出量までに削減するというようなことだ。こうすれば富める国にはブレーキが
掛かり格差が縮小するはずだ。 しかしここで考えてみたい事は格差はともかく貧
乏に見える後進国の人々は本当に不幸なのか..ということだ。モンゴルの草原で
羊を追って生きている人たち、アザラシや鯨を取って分け合い極寒の地で暖房の効
いた部屋で暮らすエスキモーの人たち、彼らは本当に日本人やアメリカ人より不幸
なのだろうかということだ。 日本でも田舎暮らしに憧れる人が多い、例え収入が
半分以下になったとしても田舎で農業や漁業をしたいというその本当の心は何だろ
うかと考えてみれば良くわかる。 人の幸せは株取引で儲けた金で○○牛の焼肉を
する事なのか..。売れ残った食材の賞味期限を改ざんして儲かった金でベンツを
買う事なのか..。 これだけ電話やネットで即座に情報の送受が出来るようにな
っても何にもならなのだとわかる事件が毎日起きている。そのいい例が先日の車が
水没して本人や通行人から消防や警察にどんどん情報が寄せられても携わる人間に
ヤル気が無かったら死んでしまったという事件である。昔は例え電話が無くても人
が走って行って火の見やぐらに上り半鐘をならして急を知らせた。半鐘の音は静か
な山村では驚くほど遠くまで届き山林や田畑で仕事をしていた人が駆け付けて救助
に当たった。僕も子供の頃何度もこういう現場に遭遇した、一度は僕のいとこが川
に流された時だった、母と道を歩いていたら事故が起きた、多くの人が川に駆け付
け救助に当たったが運悪く助からなかったものの情報は即座に伝わって2km位離
れたところから駆け付けた人もいた。昔は寝ぼけた公務員のように役所仕事的に物
事考える者は誰一人いなかったし、機転を利かせての行動力がはるかに優れていた。
 それに明後日の天気もわからない者が3ヶ月予報をするような無駄もなかった。
 その日暮らしに見えるような人々の本当の優れた姿をもう少し知る事も必要だろ
う。

2008.08.25
ほんとうにこのまま涼しくなってしまうのか..まだ八月というのに半袖で外出で
きないほどの気温の低下である。しかし周りの田を見れば稲穂が黄金色になってい
るではないか。やはりもう秋になってしまったのだ..と過ぎゆく夏を惜しんでい
る今日この頃である。 馬鹿騒ぎしたオリンピックも終わって世界の人々は中国と
いう国や統制とか国家権力それに弾圧という今まで言葉でしか知らなかった似非共
産国家の実態を目の当たりにする事が出来た。言論の弾圧、検閲、インターネット
の情報制限や強制削除、偽装..とにかく国家というものの真の姿を垣間見たのだ。
これは中国ばかりではなく世界の国に少なからず共通している事であり日本とて例
外ではない。それどころか景気対策などという偽装を使って金持ち優遇社会を展開
し庶民の暮らしレベルを20年以上も前に戻したのも国家のした事である。 景気
と環境問題は表裏の関係にある、幾ら新技術を開発してもそれは単に気休め程度の
物だ。高効率な太陽電池を開発してもそれを生産するに要するエネルギーは相当な
ものだろう。電気自動車も元を正せば石油で走っているのと何ら変わりない。原子
力は極めてクリーンかと問われれば否である、それは環境を汚染度どころか破壊し
かねない放射性物質をたった500mという浅い地下に投棄しているからである。
これは大地震による地殻の移動で容易に漏れ出して地下水に紛れ込み県という単位
で広範囲に人が住めなくなる恐れすらあるのだ。チェルノブイリを引き合いに出す
までもなく理解できよう。 ではもっと簡単にエネルギーを取り出せないものか..
と考えればいとも簡単な事で今から全てを50年前に戻せば済むと言う事だ。それ
は無理だ..という事ならばこのまま放って置くしかない。考えるだけ無駄なのだ。
 今回のオリンピックを例にするまでもなく大きな人間の活動は大量に資源の消費
するだけだ。 人が馬鹿みたいに活動しない事が全てにとって最良の策であるとそ
ろそろ気付き実践するときだ。例えば学校の週休3日制とか、企業の夏休みを2ヶ
月義務付けるとか..最初はこんな簡単な政策から始めることで人類は明るい未来
を手にする事が出来るのである。

2008.08.24
遂に石油バブルも崩壊し始めた、1バレル30$前後のものが140$を超えるよ
うな異常な高値で取引されるのは日本の土地バブルと全く同じ事だ、過去を誰も学
ばないし庶民の生活を誰も考えないのだ。ただ大騒ぎして見かけ上のカネが行った
り来たりしているだけで最終的に大根一本生産できないのだ。 投機とか株とか無
くてはならないように教えられるがとんでもない話でこんな制度が無くても人類の
生活には支障をきたさない処かより健康的でまともな生活が送れるのは間違いない
と思う。元々投機とか先物取引とかは庶民の生活や物の流れをより円滑にし物価な
ども変動幅が少なくなるようにする効果をもたらすものだった。これがいつの間に
か庶民の生活そっちのけで金儲けの為にだけ存在するシステムになってしまったの
だ。電話やコンピューターなど使って取引をするのもいいが..早い話がこれは紙
屑を百回たらい回しにしても大根一本生産できないと言う事を物語っている。だか
らバブルの崩壊も意外に速くやってくるのである。庶民は万歳三唱でもして係わっ
た者達の非業のエンディングを見届けてやろうではないか。 昨日も書いたが雑草
は多少雨が降らなくても太地に深く根を張っているから枯れる事はない、綺麗に咲
いている花など一日でも水を切らしたらすぐ枯れてしまう。これが世の慣わしとい
うもので祇園精舎の鐘の音が響き渡るのが聞こえるかのようである。平家物語の作
者が誰であるかは知らないが、おそらく平成の世にも通ずる人生の宿命というもの
を教訓として残しておきたかったのだろう。 今から数千年前の洞窟の壁画を見る
と思ったより豊かな生活ぶりが目に付く、それは皆で狩りをしたり酒を酌み交わし
たり食事をしたりという風景が当たり前に描かれているからだ。もちろん日本でも
縄文時代の貝塚を見ると当時の豊かな食生活が伺われる。そのどれにも共通するの
は株も投機も無かった事だろうか。

2008.08.23
久しぶりの雨に植木や雑草までが大喜びである。 雑草は強い、この乾燥で枯れた
物などどこにもない、なぜこんなに強いのか研究の余地がありそうだ。 一週間ぶ
りに南アルプス山麓の山小屋に出掛けた、涼しくて小雨が降っているので草取りに
最適な日だからである。乾燥した地面は固くなっているため雑草を引っ張っても抜
けてこないのだ。土が水分を含むと軟らかくなってくるから草取りにいいのである。
 周りを見渡すと山桃の実が例年の倍もなっているではないか、こいつを砂糖で煮
て食べると得も言われぬ味がする。酸っぱいような桃のような..年に一度は味わ
ってみたくなる山の恵みである。(一般的に言われる山桃とは違う)。 そんなわ
けで弁当を持って一日草取り三昧である、おそらく軽トラックの荷台に山積みにな
るほど取ったと思う。1時間もすると飽きて来て嫌になってしまうが..ここで考
え方を変える、畑がなかったら花も植えられないし土いじりも出来ない、畑があっ
て草取りが出来るのは幸せな事だなのと思えば5時間ぐらいはやれるものだ。 今
日もカラスの為に饅頭を3個持参した、待ってたとばかりやって来て畑の外れにあ
る杉の大木の頂上に止まって様子を伺っていた。そして僕が少し場所を離れると飛
んできてくわえていく。カアーカアー..と御礼のつもりか何度も鳴いていた。 
カラスはあんな恰好をしているが実はもの凄く賢い動物だ、教えれば言葉だって喋
る。 僕がなぜカラスを大切にしているのかというと..今から13年前のことだ、
僕が庭でぼんやりしていると突然カラスが2羽飛んできてすぐ横の電柱に止まって
カアーーカアーーと連続して30分ぐらい鳴いた。これは何かあるなと直感し家に
入ると同時に電話が鳴った。それは父からの電話で母が死んだという知らせだった
..。 昔からカラスが鳴くと何か有るとか人が死ぬとか言われているが..それ
は不吉でも何でもない彼らはいち早く関係者に知らせようとしているだけなのだ。
 カラスがゴミを漁って困るという話を聞くが..それは人が野天にゴミを放置し
ているからだ。 カラスを近くで観察するとクチバシまで真っ黒で妙に紳士的だ、
それに彼らは人間よりも地球環境改善に役立っている事も事実だ。

2008.08.22
処暑といえば夏が終わっていよいよ涼しくなるという暦の二十四節気の一つである。
明日の処暑を待つまでもなく気温は一気に10度ぐらい下がって朝は17度という
この夏最低となった。また日が暮れて19時を過ぎると24度を割り込んでTシャ
ツ1枚では風邪をひきそうである。地球がどんなになろうがちゃんと季節は移ろい
でくれるから素晴らしいではないか。 スペインで起きた旅客機墜落事故は人手不
足による点検の割愛説が有力となっている、もちろん日本の航空会社も例に漏れな
いが世界的なコスト削減=利益優先経営が多くの人の命を奪い毎日危険に晒す結果
となっている。 スチュワーデスを客室乗務員と改称したのを境にして航空会社は
単なる儲け仕事に徹する運送業者に変わってしまったような気がする。もちろん女
性たちの夢も萎縮してしまったに違いない。更にこの客室乗務員が臨時職員ばかり
となったら..それはもうゼロ戦に乗って適地上空で旋回していると同じぐらいの
恐怖感を味わう事になろうというものだ。 それでも統計的に見ると飛行機は安全
な乗り物である、移動距離に対する死者の割合が当然のように低いからだ。 憂慮
すべきは機体が古いことだ、僕の車はもう11年使っているがそれよりも古いよう
だ。もちろんどこの会社の飛行機もボロボロだ。それで燃料代上乗せして..それ
でも君はハワイに行くのか、などと言いたくもなってしまう。 昔は年に数回は飛
行機を利用して外国に行っていたが最近はあまり行く気もしないので旅行はしなく
なった。景気の良い時代でも台湾や韓国の飛行機を利用すると何か壊れそうで無地
に着くのを祈るばかりだった。どこかで飛行機事故があった直後に乗ると着陸して
車輪が滑走路に着いてブレーキがかかると乗っている乗客から大きな拍手がわき起
こっていた。実際その場に居合わせると生きて到着したという喜びと安心感が自然
に拍手となって表れる事に全く違和感がなかった。 今回のスパンエア社の事故は
起きるべくして起きたといっていい、なぜなら事故の数時間前にも労組から会社側
に事故を危惧する申し入れがあったからだ。 安全とは何か..より速く、より確
実に、より楽に、物事を処理する事なのだ。このどれ一つが欠落しても事故は起き
る。特により楽に処理できないと事故に繋がる事をだれも認識していない。

2008.08.21
昨日書いた昆虫採取の件について数人の方から賛否両論のメールを受けた。もとも
と何事に付けコレクターとは変質者の中の一つの形態と行ってもいいと思っている。
昔から切手集めとかキン肉マン消しゴムの収集とか..大人から子供までが熱中し
ているがその行為はおおよそ無意味なのである。それどころかチョウやカブト虫を
集めて箱に入れ押入に仕舞って置くなどと言う行為は異常でさえ有ると思わないか。
それが更にエスカレートすると映画「コレクター」のように人間までもその対象と
するようになるのだ。事実こうした事件は日本でも何件も発生しているし外国でも
枚挙に暇がないほどの数だ。 なぜ人は物を収集したい衝動に駆られるのだろうか
..なぜ使いもしない物を殆ど見る事もなく部屋中に積み重ねて喜んでいるのだろ
うか。 これはたぶん太古の昔から食料を飢饉に備えて蓄えておくという行為の延
長線上にあるのではないか。関東や東海に大地震が近々来るというのになぜ食料を
蓄えずにブリキのオモチャを山ほど溜め込んでいるのだろうか。マニアに言わせれ
ば見ているだけで..というが見ているだけで腹が一杯になるはずがない。では貧
乏人はこうした行動をしないだろうと思いがちだがそうではない、貧富の差に拘わ
らず収集欲は有るしなにがしら集めている、例えば使い捨てライターとか酒のラベ
ルとか..。 僕の友人にIさんというコレクターが居る、彼はマッチの箱から酒
のラベル、割り箸の袋にガムの包装紙..とにかく100種類ぐらいの物を若い頃
から集めていた。25才頃には六畳間一杯になって寝る場所にも事欠いていた。更
に彼は集め続け50才を過ぎた頃にはテレビ東京の「開運なんでも鑑定団」の収集
家対決に出演するまでになった。こうして彼の収集癖は万人の知るところとなり、
たぶん彼の人生の大きな目標は達成できたのではないだろうか。 こう考えてみる
と収集というのは人生そのもの、あるいは生きる目的であったりすることに気が付
くのだ。 だがここで一つだけ人間としての約束事がある、それは生き物を殺して
の収集は御法度だという事である。人間としてのモラルが問われるし、環境面や精
神面から考えてもするべきではない。 土の中で何年もかかって成虫になり、ほん
の一夏だけ地上に出てきた昆虫を殺す権限など誰にも無いという事だ。エコバック
をさげて買い物に行くのもいいが本当に環境の事を考えるなら多くの昆虫を助ける
事だ。最低限このぐらいの事は知っておくべきだろう。

2008.08.20
何でも毎日続けるというのは大変なことだ、例え毎朝血圧を測るということだけで
も出来ないものだ。僕は朝一番に体重を測り、血圧を測定、寝る前にも同じ事をし
て記録しておく。とにかく忘れたら一旦寝ても起き出して測るようにしている。さ
らに毎日5〜10kmのウオーキングを欠かさない。毎日1時間以上時間を割く仕
事?は忘れる事はないが雨や雪それに酷暑が大敵だ..だがダイソーで100円で
買ってきた格言を書いてあるカレンダーの今週のページに書かれているが「夏は陽
向を行け、冬は日影を行け」という格言がまさにその心構えを表すものだろう。 
この夏も毎日のように12時から15時にかけて35度を超えている、舗装道路を
歩くと体感温度は40度以上にもなる。だからその時間帯にウオーキングに出掛け
るのだ。 歩いていると多くの人と知りあいになるし昔の友人に会う事も出来る。
 今日も歩いて行った先に(株)コムという会社がある、ここは27年ぐらい前から
の付き合いで僕がコンピューターショップをオープンしたとき第1号のお客さんだ
った。しばらく顔を見ていなかったので寄ってみた。相変わらずパソコンに向かっ
てプログラム開発の最中だった。この会社は全国のパソコンマニアなら知っている
と思うが「卓駆」とか「月下」というシェアーウエアーの開発でも知られている。
 さらに歩いていくと庭先に旧車を見付けた、その車を撮影していると奧から住職
が現れた、この家は横にある光福寺という寺の住職の住まいだった。この方が車好
きで話は延々40分に亘ってしまった、話してみると車つながりで僕の友人も良く
知っているというので驚いたものだ。 ウオーキングは毎日こんなに楽しみがある
から続いているのだろう。目的とか信念とか何か突き動かすものが無いと続かない。
 2,3年前はビルの階段を2〜3階上るだけで息切れしていたが最近は1,30
0m位の山も平気で登れるようになった。 もうひとつウオーキングには楽しみが
ある、小さな虫の命を救う事だ。誤って舗装道路に出てしまったミミズを土に戻し
たり、息絶え絶えの虫を涼しい水場に置いてきたりする。 1週間ぐらい前道路で
バタバタし飛べなくなった綺麗なチョウが居たので捕まえて近くの花畑の蜜の有り
そうな花にとまらせた、すると待ってましたとばかり密を吸い出した、数分間見て
いたが先を急ぐからと言い残してその場を去ったが..2日後同じ場所を歩いてい
たら全く同じ種類のチョウが僕の所に舞い降りてきて周りを何回か回って飛び去っ
ていった。たぶんあの時のチョウが御礼に来たのだろうと直感した。 そう考える
と夏休みにチョウを捕まえて標本にしている子供やマニアなど犯罪者に等しいのは
間違いない。虫やチョウは捕らずに撮る..こんなことは人間として当たり前の事
だろう。こういう連中は軽蔑しても差し支えないし、それはより人間的な行動と言
える。

2008.08.19
一雨来たら急に涼しくなった、こうなると何か夏が終わって淋しくなってしまうで
はないか..。本当は夏よりも冬を乗り切る方が苦労するのだ。血圧は上がるし運
動不足で血糖値も上がることになるからだ。 相撲協会が管理する相撲部屋で殺人
事件が起きたにも拘わらず何の責任も取らず対策もいい加減にしていた矢先に今度
は麻薬吸引騒動がおきた。オリンピックや野球を始めスポーツの世界では実力以上
の力を出す為に広く麻薬や筋肉増強剤などが使われている。アメリカでホームラン
王となったような偉大な人も薬を使っていた事が問題になった。この際不公平の無
いようにオリンピックも野球も解放して好きなだけ薬を飲んでも良い事にしたらど
うだろう。要するに命と引き替えにメダルを取ろうというキャンペーンである。止
めろと言えばやりたくなるのだから命と引替となれば手を出しににくいだろう。何
故なら今度は飲むか飲まないかではなく、勝敗はどれだけ強力な麻薬をどれだけ多
量に飲んだかということに係わってくるからだ。こうなったら人間としての価値も
尊厳もなくなり単なる見せ物としての戦闘士にすぎい。まるでローマの闘技場でラ
イオンと戦った戦士と同じ見せ物になるのだ。これでもまだ薬を飲んで走ろうとい
うのか..人間とはそこまで愚かな動物なのか。 僕はこの14年間ほとんど毎日
飼い犬に餌をやっている、しかし腹がへった犬でも新しい初めての餌は散々見て臭
いを嗅いだ挙げ句ペロペロなめてからようやく食べるのだ。毎日暮らして最も信頼
してもらえそうな人間にでも警戒してかかるのだ。これが生きていく為の本能でも
ある。如何に腹がへっても例え飢え死にしても薬や腐った物は食べないだろう。そ
こまで愚かになっていないのだ。 こうした視点から見て人間とは犬よりも劣る存
在としか思えない。 森の動物も人間より優れた点を幾つも持っている、それは株
取引のような無意味で破滅的な行動をしない事だ。これで数万年も種を守り続けて
きたのである。こうした行動をしない変わりに子供を大切にしオスはメスをかばい
ボスは命を賭けて群を守るのだ。 人間に欠けてしまった物を今も変わらずに持っ
ているのである。俗に進歩などと表現されるものが全く無いのだ。 現状維持、こ
れこそが最大の進歩なのだと人々が気付くのは地球に住めなくなって隣近所がバタ
バタ死に始めた頃だろうか。

2008.08.18
夏の夜空に大輪の花火が広がっている、今夜は天竜川の船下りの出発点でもる市田
という場所で花火大会(灯籠流し)が行われている。直線で約5km位の場所だか
ら家の庭でも十分楽しめるぐらいだ。以前ここの花火大会に出掛けたとき駐車場の
関係で花火が終わるまで出られなくなり22時近くまで動けなかったことがあった。
それ以来一度も見に行った事がない。 どうも最近は出不精になってとても花火を
見に出掛ける気力がない。なんたって蚊に喰われるのがいやなのだ。 この物価高
で個人の懐も冷え切っているがキューバという国も遂に買った商品代金が払えない
状態に陥ったという。こんな時代は節制だけでは乗り切れない、何故なら油を一滴
も使わない生活が出来なくなっているからだ。時代は遡る事が困難なのである。日
本でもせいぜい自家用車の利用が減っているぐらいで相変わらず不夜城東京も昔の
ままだ。田舎の電球1個ぐらい減らしても何の効果もない、東京の灯を減らす事だ、
それにはまず17時以降の残業を法律で禁止すればいい、そうすれば多大な効果が
出る事間違いないし、広告の照明も禁止すればいい、天体観測趣味の人たちにも喜
ばれよう。キャッチフレーズは”東京に真っ暗な夜を..”といきたい。もちろん
歓楽街も11時には終了とする、その昔7−11が日本に店舗展開したとき何故夜
の11時まで営業するのか、客が来るのか..といった疑問さえ有ったほどだ。 
だが間違ってしまった社会構造は昔に戻す事はできない、父親が居ない食卓は食生
活に伝統が無くなり家族の結びつきも疎となった。 この疎という文字は清水寺の
今年の漢字になったかどうか調べる由もないが..この平成という時代を代表する
漢字に違いない。過疎、疎遠、疎外、空疎、疎略..まさに現代日本を代表する漢
字ではないのか。果たして昨年の「偽」に続いて今年はどんな漢字が選ばれるだろ
うか注目したい。 この秋のサンマは大漁で値崩れして漁船が一日休業して価格安
定を図るという。長野県でもレタスや白菜をブルドーザで踏み潰して価格安定を図
った..などというのも日常茶飯事である。もしもこれが政府に補助金(税金)を
無心するものだったら..大型店の影響で破産した八百屋とか電気屋とかにも補助
金を出さねば不公平となる。

2008.08.17
植えてから20年になるカリンの木がこの乾燥のせいか枯れてしまった。彼岸まで
はまだ1ヶ月余ある、誰と話しても暑い暑いの連続なのだが空気は乾燥しているの
だろうか、昨日から今日にかけて飯田市内で火事が数件あった。そのうちの1件は
知りあいの家の道路を隔て向かい合った家屋だった。火元は老人の一人暮らしの家
だったというが、こうした社会の構造変化や行政の放置は火災という大きな国の損
失となって現れるのだ。 毎年損失を計上している第三セクターから政治献金を受
けていた法務大臣が炙り出された。これは返却しようがしまいが明らかな犯罪行為
である、しかも相手は頼まれて寄付したと語っているようだからもう逃れられない
だろう。 犯罪者が法の頂点に立ち大臣の椅子にふんぞり返っていたのでは..警
察も検察もないまさに無法地帯と言えよう。 日本ではこうした事態が何十回とな
く繰り返されている、大臣に任命される前に身辺調査をしているというのだが..
それを命じられ実行ているのも公務員だろう。やはりいい加減という体質はどこま
でも浸透して国の公務全体に行き渡ってしまったのである。 終戦直後からアメリ
カと日本は裏で密約を交わし国民を長期間欺いてきた、その事実が判明するのは公
文書がアメリカで公開された時だ。同じように日本と中国、あるいは北朝鮮とも裏
で密約があるような気がしてならない。おそらく拉致被害者の家族の方々はそれに
気付いていると思う。例えば中国製ギョウザ中毒事件でも裏で仲良く相談し中国国
内で中毒患者が出た事を隠していた、理由はともかくこれを密約といわず他に表現
しようがない。こんな小さな事から始まって今回の北朝鮮との行方不明者捜索につ
いても制裁解除について何らかの合意とか相談が行われただろう。これも国民を欺
く行為でたぶん北朝鮮とアメリカも同じような密約があろうし、ロシアとアメリカ
も大国同士の利権を守るという大きな裏工作や密約が存在する。例えば海底資源は
誰の物かというような世界的な問題でも米ロは裏で工作しその殆どを自分達が占め
るよう画策している。 早い話がどこの国も国民は馬鹿にされ騙されていると言う
事だ。よくテレビ放送されるが海外の奥地に住む民族もあらゆる国の庶民も皆が優
しく人間的で我々と同じように考えている事がわかる。 要するに庶民は一部の政
治家という一部の人々に翻弄されているだけだと言っても間違いではない。その片
棒を且つ居ているのがNHKを始めとする報道機関ではなかろうか。

2008.08.16
盆も終わって例年通り仏様を送りに妹と2人山小屋に出掛けた。毎年横を流れる小
川の脇の大きな石の上に盆の供物や馬を持っていって置いてくる。 今年は悲しい
事が起きた、池で飼っていたオレンジ色の鯉が死んでいのだ。母が13年前に亡く
なった時も2匹の鯉が死んだ、今回父が亡くなってまた1匹死んでしまった。もう
25年以上も飼っていると愛着が湧いてくるのだが..それ以上に不思議な出来事
があった、1週間前に行った時には元気で泳いでいた、僕が池の脇を通かかったら
急に浮き上がって寄ってきたのだ。それで僕は背中とか腹をなでてやったら満足し
たように泳いでいった。その鯉が今回死んでしまったのである。僕に礼を言いたく
て浮いてきたのだろうととしか考えられないのだ。 そう考えると鯉も犬と同じよ
うに考える力や優れた記憶力を持っていて人間よりも優しい気持ちで感謝しながら
生きているのだろうと思う。 これで残されたのは4匹だけになった、ただその中
の1匹は体の色が悪く元気がないからそう長くは生きられないだろう。たぶん人間
で言えば百才ぐらいにはなっている筈である。 山小屋の池で冬の寒さに耐えて生
きてきたが命とは永遠に続くものでない事を教えてくれている。 生きているうち
に精一杯思い残す事がないように行動しよう..行動しなさいということだろうか。
 明日は誰にでも有るように思えるが実は違うのだ、日本でも今生きている人の中
で数千人は明日はこの世からは消えて居ないのだ。 もうそろそろ秋風が立とうと
いう山小屋はひっそりと静まりかえっている。僕はツルハシとスコップを持ち出し
池の横に穴を掘って鯉を葬ってやった。20年以上付き合った仲間との別れに涙
がどんどん湧いてきてメガネが曇ってしまった。

2008.08.15
暑い..今日も飯田市は沖縄の那覇市よりも2度以上気温が高い、信州に避暑に行
くどころではない、沖縄に避暑に行く時代になってしまったのだろうか。もちろん
この夏はほとんど毎日東京よりも気温が高いからお盆に田舎に帰省ぜず東京でゴロ
ゴロしていた方がいいと言う事だ。 それにガソリンも高いから出歩くのは最小限
に止める事だ。国土交通省は高速道路の通行料値下げを検討するなどとしているが、
原資は道路特定財源だという、何という馬鹿馬鹿しい話だろうか、元々高速道路は
建設費がペイ出来れば無料で国民に解放されるべき施設である、それをいまだに料
金を徴収して飲み食いやパーティー券購入それに職員のタクシー代金に充てるなど
以ての外である。 料金を安くするのではなく無料にすればいいだけの事で、そう
なればETCもゲートも何も要らない、そしてパーキングエリアを拡大して多くの
店舗が利権でなく自由競争で出店できるようにすれば消費拡大にもなるだろう。 
税金の増収を図るなら自分達がとことんアイデアを出して国民を豊にすれば済む事
だ。何も難しい事などない、ただ普通に経済に対応していけばいいのであって、再
就職先の事ばかり考えているから悪の巣窟呼ばわりされるのである。 これらも自
民党の参謀の考えだろうが、こんな小さな値下げぐらいで人気を取って選挙を戦お
うなどという根性が気にくわないのだ。 折しも今日は終戦記念日である、非核三
原則も崩壊してしまった今日この記念日は何をもって記念とするのか。 総理大臣
は不戦の誓を..と挨拶したと聞くが自衛隊を海外に派遣する事がこの誓に合致し
ているとでも言うのだろうか。おおよそ方便としか思えないような挨拶ならしない
方が好感が持てる。 原爆を落とされても仕方がなかった..と発言して首が飛ん
だ大臣が居たが、実は僕もそう思う。 これは狂気の指導者を持った日本軍という
何の罪もない兵隊を少しでも多く生きて祖国に帰還する事、それに何の罪もない非
戦闘員でもある国民を1人でも多く生き残らせる為には仕方がなかったと考えても
いいだろう。それほど国は庶民を虫けらのように殺していたのである。祖国を守る
とか親兄弟を守るなどという甘言に騙されてはならない事は先日も書いた通りであ
る。 考えてみれば同じ騙しでも振り込め詐欺は命までは取らないが国家の騙しは
命まで取るのだから悪質極まりない行為と言っていい。

2008.08.14
ここ数日間に我が家にも多くの新盆見舞客の方が訪れた、僕も今日午前中は何軒も
見舞いに回った。 新盆は同じ伊那谷でも市町村によって飾り付けから訪問日に至
るまで違っている。大きな長い提灯に戒名を入れて祭壇脇に飾るところもあれば丸
い家紋入りの提灯を軒下に吊すところもある。これは宗派を超えたもののようだ。
 このとき人と出会って話に出るのが物価高と給料安というダブルパンチの話ばか
りだった。でも、人々は昔と同じように天国に逝った人の為に供養を欠かさない。
これさえも忘れてしまったら..人の心が救われない方向に向いてしまったと言う
事だろう。もちろん宗教や宗派を超えてだ。 宗教とは時には人を助け導き、時に
は戦争にも駆り立てる。だがどんな未開の地であっても死者を弔うという行為は存
在する、これは生きている者達の悲しみという感情が共通にある事だ。だが最近の
自爆テロとか侵略とか粛清とかを見ていると結局能ある人でも行き着くところはこ
んなところだと実感する。それはあの1972年冬に起きた浅間山荘事件を思い起
こせば良くわかるだろう。連合赤軍の如何に高尚な考えも能力もその末路は粛清で
あり狂気だった。国家も同じように考えるべきあろう、考えねば危険であるし事実
今でも国家は庶民を愛国精神と称して洗脳していることからも納得できよう。 人
の欲望の全ては空しいものだ、例えそれが後世に何かしらの影響を与えたとしても
死んでしまえばそれまでである。色即是空とはこうした考えを顕した四文字熟語と
見ても差し支えなかろう。人は既に何千年も前からこうした空虚な世界を十分認識
していたが、やはり馬鹿者はいつの世にも現れるもので国民や他国民を殺りくした
い妄想に取り憑かれるのだ。戦争しようなどというのは早い話が秋葉原で起きた通
り魔事件の犯人と何ら変わりない考え方である。資源がどうの貿易がどうのという
のは正当化する為の屁理屈に過ぎないのである。 政府もせっかく人身を新たにし
たのだからボケーーとしていないでガソリン価格の引き下げでもやってみたらどう
だろうか、まさか能力も力も無い者を寄せ集めたのでもあるまいに。

2008.08.13
美辞麗句には必ず裏がある..というのが社会の鉄則である。甘い言葉に乗るな、
儲け話に乗るな..など詐欺師に騙されない為の心得である。だが..詐欺師処か
幾らでも甘言を連発する団体がある、それは国家である。過去には大東亜共栄圏の
構築などというまい言葉でアジアへの侵略を始め国民を何百万人も死に追いやった
し、最近では美しい日本などというまるで抽象的で中身ゼロのキャッチフレーズで
総理の椅子に座ったりもした。だがもっと人を騙す言葉がある、それが障害者自立
支援法というのものだ、中身は支援を打ち切り税金の支出を抑え自分達がタクシー
で帰宅する金に充てようというようなとんでもないものだ。さらに介護保険制度な
どと名前を聞けば老後が救われるような気がするものもあるし、メタボ検診のよう
に人間ドックなどの補助を無くし誰もが通常検査しているような簡単な項目だけを
有料でやろうというとんでもない制度だ。ここで節約した金も山分になるに違いな
いし、再就職先を潤す為に使うに違いない。 だいたいメタボメタボと役人にいわ
れる筋合いはない、自分の体がどんな状態で維持していこうが個人の自由だ。メタ
ボが駄目なら相撲は国技から外すべきである。 こうした自由というものを少しず
つ切り崩してゆく手法は日本が第二次世界大戦に入る前に密かに計画され洗脳教育
していった手法と同じものだ。 だいたいオリンピックを国家事業みたいに捉える
というのも間違っている。金メダルの数などどうでもいいという発想がなかったら
こうした大会に参加すべきでないのだ。1936年ナチス(国家社会主義ドイツ労
働者党)のヒトラーがベルリンオリンピックの開催にどれだけ固執していたかその
意味を考えてみたいものだ。もちろんこの大会はナチスのプロパガンダと呼ばれて
いる。要するに国民を洗脳する事を目的に開催されたのである。 北京オリンピッ
クもこの例に漏れないし各国が威信を賭けて?参加するのもこのプロパガンダその
ものである。 だから僕は見ない聞かない話題にしない..を今も貫いているだけ
である。それこそが平和主義であるという事がもうすぐわかるかも知れない。テレ
ビを見て馬鹿騒ぎしていた日を後から悔やんでも始まらない。

2008.08.12
ロシア軍のグルジア侵攻に対してアメリカの大統領はとても今の時代には受け入れ
られない行動だと異議を唱えた。しかしデマ情報を元にイラクに侵攻したアメリカ
軍を指揮した人の言葉とあっては誰も聞く耳を持たないだろう。ロシアにそっけな
くあしらわれてしまったようで国連でも停戦決議もきない状態だ。だいたい国連で
常任理事国になったり拒否権を持っている国は戦争などしないのではないのか。平
和を願うからこそこうした地位に就いているのだとも言えないのか。こうした大国
は現実には小国を相手に侵攻作戦ばかりしているのである。 停戦要請にも応じな
いような国が牛耳っている国連などという組織こそ無用の長物と言えるだろう。 
アメリカもロシアに対して意見を言うがそれは儀式的なものに過ぎない、アメリカ
でも同じ立場に立てば侵攻したはずだからである。 昨日も書いたがこのように世
界は馬鹿の寄せ集めで何の生産性もなければ人類が種を保存する意味などどこにも
見出せないのだ。 結局ベトナム戦争も朝鮮戦争も..もっと遡れば日本とアメリ
カが戦いの場として使われたフィリピンもおなじだろう。 戦争するなら..例え
ばアラスカの大平原とかを使って軍人だけでやるべきだ、何も関係ない市民が巻き
添えになって死んでも犬死にになってしまうからだ。 最近になって再びUFO(
未確認飛行物体)が話題を呼んでいるが、もしも他の星から来た知能の高い生命体
が地球を見たとしたら..簡単に占領できるだろうと思うに違いないが、彼らはレ
ベルが高いだけあって地球を相手に戦争したり占領したりというような原始的なも
のには興味を示さないだろう。 こうした馬鹿人間の戦いを見ていると森のカブト
虫を思い出す。彼らは自らが餌場としている樹液の場所にやって来る相手を威嚇し
戦う。もちろん勝った方が餌場を手中に収めるわけだ。 戦争を画策する人間の頭
の中も屁理屈は幾らでも考えるのだがカブト虫の頭のレベルと何ら変わりないと断
言できる。それどころかカブト虫は戦略も武器も持たず正々堂々と戦うわけだから
馬鹿人間より立派だろう、言わば武士道精神そのものだ。 僕が森の昆虫や動物を
人並み以上に可愛がっているのは間違いではなかったのだと今になって確信した。


2008.08.11
どこの誰が考えても納得がいかなかったのが北朝鮮のテロ支援国家の解除だろう。
政治的な理由によって例えば選挙とかに利用する為の手段に使われていたが..こ
こに来て風向きが変わったのだろうか、テロ国家の解除をしない事になったという。
 騙されていたというか自分達の不甲斐なさを発見したのだろうか、それとも政治
的に再利用しようというのか。 拉致問題は忘れない..などと当たり障りのない
発言をしているが、忘れないだけだったら誰にでも出来ることだ、政治家だったら、
ましてや大統領だったら如何にして助け出すかという手法を明確にすべきなのだ。
 ただアメリカはイラクの次の戦場を求めていると言う事は間違いない。イラクも
そろそろ引き上げる時期になったし..その兵員の行き先を探さねばならないのだ。
 ここで北朝鮮戦場論という不気味な考えが浮かんでくる。だからそれを知ってい
る北朝鮮は核の放棄など絶対にしない、先日爆破したのは不要になった設備を単に
壊しただけである。 こうしてアジアでの核戦争への危機は日増しに高まっている
とも言えるのだ。 ヤケクソになった北朝鮮は持てる核物質のばらまきとかテロを
強行するかもしれない、例えば金賢姫のようなスパイを数百人も教育しているはず
だ。 21世紀になって人間は賢くなるどころか劣悪な性格へと変わってきた、日
本人だってとんでもないような人格者を多く排出しているではないか。それどころ
か天変地異まで起きているではないか。 四国でも渇水が深刻になっているようだ
が我が家でも庭の大きなカリンの木までが枯れ始めてしまった。このまま渇水が続
くと植木など深刻な被害が予想される。ポンプを使って水を汲み上げて散水してい
るが自然の雨には到底及ばない。 今後の世界に期待される事と言ったら..オリ
ンピックが終わった中国の経済が下降線を辿り鉄などの需要が減って価格が下がる
事やガソリン価格も連動して下がる事ぐらいだろうか..それに伴って中国で過熱
していた株価もそろそろ冷水を浴びせられる頃だろう。 どうせ株取引なんてゲー
ムに過ぎないのだから乱高下したりするのは当たり前だ。 こう考えてみると人生
そのものもゲームに過ぎない。

2008.08.10
原油価格も1バレル115ドルとなっていよいよ大幅な調整局面に入ったようだ。
世界に混乱を巻き起こした投機マネーは再び株に流れるのかは知らないが一部のゲ
ーム愛好家の為に高価なガソリンを買わされたのではたまったものではない。行き
付けのガソリンスタンドではレギュラーが203円、軽油は160円と表示されて
いた。 漁業関係者が1日漁に出なかったことによって社会的に大きなインパクト
を与えて政府は補助金をばらまく事になった、いったい誰が得するのかは知らない
が何の意味もない金だと思うが、強いて言えば選挙対策資金だろう。多少の税金を
ばらまいても末端の漁師の所には殆ど届かないはずだ、その流通過程で決まってど
こかに消えていく。農業の補助金だって農家にはほとんど届かかない、その代わり
温泉施設を造ったりして建設業者にまわってしまったのだった。 今日も小規模な
建設会社をやっている友人が尋ねてきて不景気を嘆いていた。確かに公共工事はど
んどんやっているが大手のゼネコンの丸投げ工事で小規模事業者には全く恩恵が無
いどころか赤字必至の安い金で下請けをさせられる始末である。 大きな企業はと
もかく如何にして中小の会社や従業員を助けるかを考えるのが政治の本来の姿だろ
うに..。 この先選挙が行われどういうふうなバランスが出来上がるかは不透明
だが実はその裏で何らかの合意が得られた上で解散するのだろうと推測する。たぶ
ん与党2/3の議席を寝返りも含めて確保するように動いているはずである。有権
者が騙されてはならないのはその一点である。 しかし1億人の全てに理解され納
得できるような政策は出来ないという当たり前の考えからすれば政治は無駄の一つ
となるからせいぜい議員定数を減らすことが国民の為になるだけだ。こんな事ぐら
いしか庶民に貢献できない政治も悲しいものだし携わる者にしても生き恥をさらし
ているようなものだ。 この国にしてみれば教育や教育委員会の荒廃も当たり前の
事で今更誰も驚いてなどいないというのが凄いではないか。たぶん北朝鮮からミサ
イルの100発や200発飛んできても誰も驚かないし、逃げまどうのは自衛隊員
だったりしても誰も驚かない。

2008.08.09
積乱雲がモクモクと湧き出して午後には待望の雨が降ってきた。雷もそれなりに大
音響を轟かせて頑張ってくれた。乾燥していた大地にとってこれほど素晴らしいプ
レゼントはないだろう。明日もまた積乱雲が出るのを願うばかりである。 山小屋
の水道水が1カ所止まってしまった、早速車で1時間かけて行ってみるとやはり乾
燥によって清水までが涸れてしまっていたではないか。 この時期の乾燥は秋にな
って松茸の出る量に大いに関係する。しっとりと湿った土壌でないと出て来ないの
だ。 しかしこんな事は些細なもので世界は毎日飢餓や戦争に満ちあふれている、
ロシアとグルジアの対立はこの先拡大の一途を辿るだろうし、中国の人権侵害はオ
リンピックが終わっても何ら変わりない筈である。 こうして見ると人間というの
は馬鹿の寄せ集め処か凶暴なエイリアンの集合体といっても過言ではない。 戦闘
機から爆弾一発を落とす行為..これは爆弾の製造費用もさることながら落ちた場
所の火災によって吐き出されるCO2の量を考えればレジ袋1枚を節約する事など
何の役にも立たないことがわかる。 ゴミを出す為に専用の袋を自治体から買うの
だが..1年間でこの袋がどれだけの量になり環境を汚染しているのか計算した事
があるだろうか。大型トラック何十台分物ゴミをわざわざ造り出しているのである。
これこそ環境問題に逆行する行為なのだと誰も気付かないところが環境崩壊の根源
なのだ。ゴミ集めも利権という金儲けの手段になってしまったのだ。 こんなこと
ならヒマラヤの雪が全部溶けても北極の白熊が全滅しても僕の知った事ではない、
もうこんな馬鹿げた企業の金儲けイベントに協力しようなどとは思わない、地球な
んてあと20年ぐらい持ってくれれば十分である。 それに弱小な庶民など先頭に
たってやる仕事ではないのだ、それどころかCO2をどんどん出す設備などそうそ
う持ちあわせていない。 人はせいぜいエアコンで室内をガンガン冷やして屋外に
出た時との温度差を楽しむといい、これこそ現代的で破滅的な楽しみ方なのだ。人
はこういう困難な事態に直面するとアドレナリンが多量に放出され不快感も瞬く間
に快感に変わっていく。 金さん銀さんぐらい長生きして地球最後の日に立ち会っ
て見ようとは思わないが、パニック映画のように感動的な終焉を迎えるであろう。


2008.08.08
いつの間にアメリカの原潜が大手を振って日本の港に出入りできるようになったの
だろうか..非核三原則はいったいどこにいったのだろう。放射性物質を垂れ流し
ながら大海原を我が物顔で往来し、いかにも我こそが正義というような出で立ちは
面白くもなんともない。日本は唯一の被爆国である、誰が何と言おうと核の傘の下
で平和を模索するような考え方や行動はしてはならない国家なのだ。 長崎県は今
回原子力潜水艦ヒューストンの寄港を拒否したが、これは当然の事でこれに対して
異議を唱えるような者が居たらそれこそ非国民というレッテルを貼られても仕方が
無かろう。 だいたい核物質で走行する船舶の入港を日米地位協定で地元の自治体
が拒否できないというのもおかしな話である。地位協定は密約その物だろう。 い
ったいこの原子力戦艦で何を守ろうというのか..たぶん軍事関連企業と深い関係
にある者達の利権でしかないのだろうと考えが及んでしまう。 アメリカはベトナ
ムやイラクでも劣化ウラン弾という核兵器を使って軍人ばかりでなく非戦闘員であ
る庶民を何十万人も傷つけあるいは死に至らしめている。これで何が自由の為の戦
争か..と当時は皆が避難したものだ。しかしこれが時間と共に忘れ去られると同
じような戦争を再び許してしまうのである。 あと1週間で終戦記念日である、こ
の日は昭和天皇が玉音放送といわれる敗戦のラジオ放送をした日である、ちなみに
玉音とは天皇の声の事だ。だから終戦の放送でなくとも天皇が自ら放送したら玉音
放送となるわけだ。 日本はこの日を堺にしてゼロから出発する事になった..と
思いきや結局財閥だの政治家は声を潜めながら生きていて数年後には再び白日の下
に出る事になる。 この時から日本は再び戦争への道を歩くことになってしまった。
そして今や首相の一声で中東にまで部隊を展開するまでになったのだ。こうなれば
放射能も水爆も毒ガスも大手を振って第一線に出てくる事になる。例えばサリンと
いう毒ガスだって自衛隊も製造していてそのノーハウはオーム真理教に漏れたとま
で言われている。 そういえばサリンの被害に遭った松本の河野さんの奥様が亡く
なられたという。彼女がいったい何をしたのか..なぜ殺されなければならなかっ
たのか..。それになぜ長期間にわたり冤罪な泣いたのか。これは日本の報道機関
の全てと警察の癒着した体制が敷かれていたに他ならない。この機会に全ての報道
機関は改めて被爆国日本となぜ被爆しなければならなかったのかを考えるべきであ
る。

2008.08.07
今日は新盆を迎える為の棚(精霊棚「しょうりょうだな」)を造る日とされていて
深い親戚が集まって棚を造り戴いた盆灯籠を天井から吊したり提灯を付けたり花や
供物を供えたりする。和尚さんにも来て戴きお経をあげて新盆を迎えるのである。
 提灯一つとっても地域によって違いがあり家の中に吊すか軒下に吊すかでも分か
れる。宗派によっても細かい行事は違ってくるようだが最近は戦後生まれの人が中
心となって進めるためこうした習慣は徐々に薄れてきて言わばいい加減になってき
ている。昔の和尚さんはそういう事の無いように戒めたものだが..やはり戦後生
まれの和尚さんが多くなってきたためか堅苦しい仕来りを踏襲しないようになった。
 まあそれはそれでいいのだろう。 それよりも人として間違っているのは長い事
ご無沙汰していて葬式の時にだけ馳せ参じるということだろう。 死んでから会い
に行っても何にもならない、単に義理を果たしているだけなのだ、それよりも生き
ているうちに1分だけでも顔を見て話をする事の方がどれだけ喜ばれるか知れない。
それこそが人と人との付き合い方そのものだろう。 人は必ず死ぬ、世の中に絶対
はないというが..この死ぬ事だけは万人に絶対である、この絶対に死ぬ日に向か
って人は毎日働いたり遊んだり飲んだりして時間を潰しているのいすぎないのだ。
 地球にとって不要な物は人間の存在だけだし、人間が生きていくという目的はど
こにも見当たらない。 そういう生物が何故だかわからないが戦争したり殺人した
りというのも不思議な事で無駄な事ではないか。 人はもっと穏やかにその時間を
過ごすべきだし他の動植物に危害を加えるのは最小限でなくてはならない。 カラ
スだって街角に放置してある生ゴミを食べてくれている、考えようによっては良い
事をしているのだ。もしも道路に肉や魚が落ちていたら腐って細菌が増殖し人や他
の動物に危害を与えるから処分しているのだと考えるとカラスも友達になれそうな
気がしてくるではないか。 昔から世界の多くの人たちはこんな考え方を持ってい
た..それが産業革命という悪魔のような知恵の行使よって変わってきてしまった
のである。僕は昔からノーベル賞頭脳は凶器であると信じている。だいたいダイナ
マイトを考えた人の意志というのもその実態を垣間見る事ができる。 ダイナマイ
トで地球が救われたり環境が救われたことなど世界中探しても見付からない。

2008.08.06
言い訳は出来ないものである、例の中国毒入り餃子事件がここに来て新たな展開を
むかえたようだ、中国国内でも複数の中毒患者が出ていたのである。これは明らか
に中国国内で毒物が混入された証拠であるからしてもう言い逃れは出来ない。何で
も屁理屈を付けてのらりくらりと逃れてきてもいつの日かそれは決定的な証拠によ
って白日の下に晒されるのだ。 日本だって同じような事態が日常化されている、
食品偽装も少なかれ毒入り餃子事件と同じものだ。これは業界全体の知能レベルが
低いのである。例えばミートホープ事件でその偽装肉を納入していた業界大手の加
ト吉である、この会社は一見被害者に見えていたが実は売れ残ったコロッケをミー
トホープに横流ししていたのだ。事件はこの加ト吉が主導していたのではないかと
いう疑いも濃厚だ。それにこの会社の常務らは循環取引や詐欺でも逮捕されている。
要するに食品会社は暴力団が企業経営しているとしか思えないようなものばかりな
のだ。 こうした悪意に満ちた食品業界の造る物を食べて生き延びて行くには先ず
は全ての企業を疑ってかかる事だろう。もちろん大企業とか中小企業の差別なく疑
わなければならないし、例え一農家であっても農薬の使いすぎや使用禁止農薬の使
用などの問題もあるから目を届かせねばならない。もちろん素人には分析する機器
があるわけではないから困難に思われがちだが他にも対応手段はあるはずだ。それ
は悪い噂とか、その企業が儲けすぎていないかなどもその手段として有効だろう。
 火のないところに煙は立たないというが今まで様々な事件について何か予兆がな
かったか調べてみると面白い発見があるはずだ。 更に役人の怠慢と癒着による事
件のもみ消しや公表しないなどの犯罪について殺人未遂でも告発できるような法整
備をする事だろう。国民の安全と財産を守るべき者だからして当然の仕置きと捉え
たい。本来は自分の生命すら危険に晒してでも調査し、告発を受け付けるべき仕事
だと認識したいものだ。もちろんこうした役人教育も必須である。 次に内部告発
者保護をもっと拡大しよう、告発によって不利益を受けたり退職した者は即刻公務
員として採用したらどうだろうか、正義感に燃える人材の確保はこうしてすればい
いのである。 時代は昭和初期ではない、21世紀なのだ、もっと柔軟な考え方を
持って政治や経済を庶民中心のものに移行してゆくべきだろう、今はサボっていて
もバレないかも知れないが居酒屋タクシーみたいに夜中に走っていてもいつかは白
日の下に晒されるものだ。

2008.08.05
この夏始めてと思うような雷雨が夕刻から深夜まで続いている。35度有った気温
も25度まで下がった。何と良い雨なのだろうか、信州のこの地域だけでも数億円
の経済価値がありそうだ。 だが一極集中で膨大な排熱を大気に放出している東京
は浸水したり死者が数名出るほどの大洪水となった。これも行きすぎを戒めるもの
と捉えることが今後の危機管理や将来に向けた都市の在り方にも貢献する事となろ
う。 行きすぎはこればかりではない、投機で上がったガソリン価格もいよいよ下
降してきたではないか、今日は1バレル118ドルまで下落した。高価格が需要減
という結果を生んだことが下落の原因だが、考えてみれば当然の事で行きすぎたも
のは必ず元に戻そうという力が働くのである。 機械には回転運動などをいつも定
速度にしておきたいという要求からガバナー(調速機)という機構が組み込まれる、
これは例えば昔のダイヤル式の電話機でダイヤルを回すとバネの力で戻るのだが一
定の間隔でパルスを出す為に定速で戻らなければならない、こんな場所にも組み込
まれているし、大きな物になると水力発電機の回転速度を一定に保つ為にも使われ
る。 この原理は簡単で回転が速くなると遠心力で軸に付けられた錘が軸から離れ
ようとする力を利用するのだ。どうやって利用するかは、例えば電話機では摩擦力
を利用し、水力発電機では錘の位置で油圧を制御してサーボを動作させて弁を開閉
し水車に流れ込む水量を増減するのである。 このように何事も行き過ぎると現実
と乖離した状況が出来てしまう、こうなると自然の力で元に戻るように働くのだ。
 だが世の中には良くわからない事が幾らでもある、福田新内閣が発表され何もや
っていないのに何故支持率が3%も上がるのか..、数字の3が来ると変になると
いう芸は一体どこが面白いのか..。とにかく世の中判らない事だらけである。

2008.08.04
オリンピックを控えた中国で警察官駐在所を目標とした爆破事件があった。オリン
ピックがあるから、世界が注目しているからこうした事件をきっかけとして世界に
民族弾圧の実態を知って貰おうという考え方は実に正しいことだ。オリンピックを
企業や選手を取り巻く利権だけに利用したのでは本来もっている意味がないだろう。
それに一般大衆を狙わず権力を擁護している者達を狙ったのも正しい。要するにテ
ロとか暴動とかの言い回しはともかく自分達が政治的に弾圧を受けているならその
怒りは当然その権力に向けるべきなのだ。何も関係ない民衆に向けたなら..それ
は明らかに犯罪である。 権力に戦いを挑んで勝ったならば政権を取って自分達の
思うような世界を造り上げる事も出来よう。勝てば官軍というのは世界共通の諺で
ある。しかし官軍というのも辛い立場だ、いつ反対勢力に襲われるかわからないか
らだ。 こんなふうに馬鹿みたいに戦って..野山が焼けて人が死んで..時代も
社会も人権も何も変わらないとしたら..。 とにかく中国は大きすぎる、人口も
多すぎる、大男総身に知恵が回りかね..という諺もある。これだけの国を同じ考
え方で支配しようとしても無理なのは目に見えている、それは四千年の歴史を紐解
くまでもない。秦だの漢だのと建国しても必ず崩壊する、盛者必衰の理を顕す..
とは平家物語の中心を為す言葉でもあるように永遠に続く政治も国家もないのであ
る。 織田信長がどんな人物か誰も知らないが、おそらく奢(おご)りが全身に満
ち溢れていたに違いない、それに気違い沙汰の政治や弾圧には批判も多かったと筈
だ。歴史を垣間見てもこういう人は必ず非業の死を遂げる事になってその政権も崩
壊する。 カエサルとクレオパトラしかり、玄宗と楊貴妃しかりである。 こう考
えてみると人間という脳だけを肥大化させた動物は戦う事から逃れられない宿命(
DNA)を持っているのだろう。 世界融和の祭典を自国でやろうなどと考えるな
ら、自国内の弾圧や差別を無くしてからにしたいものだ。 こんなことに利用され
るスポーツ選手も哀れだが、それを一喜一憂してテレビ観戦する者達も脳天気な動
物でしかない。

2008.08.03
僕が15歳から20歳にかけて特に読んでいた漫画といえば「おそ松くん、天才バ
カボン」だ、当時は寮に住んでいて多くの仲間も同じようにこの漫画を読んで大笑
いし、○○君はラーメンオヤジに似ているとか、□□はデカパンと同じパンツをは
いているとか..話題にしてまた笑ったものだ。 その赤塚不二夫氏が闘病の末遂
に亡くなってしまったという。72才はまだまだ若い、もっともっと漫画を書く事
が出来れば我々をもっと笑わせてくれただろうにと悔やまれてならない。ただ病床
でも酒を欠かさなかったというのが実に素晴らしい行動であり、それでいいのだ。
 彼の私生活をタモリが語っているのを聞いた事がある、タモリは赤塚の家に転が
り込んで一緒に住んでいたが..暑いのでクーラーを回せといわれガンガン冷やし
たところ冷え込んでしまった、そこで赤塚は暖房を入れろというからタモリはスト
ーブをガンガン付けた、もちろん冷房も付けっぱなしでだ。それでどうなったかと
いうと、床から1mぐらいの位置を堺に上は真夏、下は真冬のヒエヒエという完全
分離二極化現象が起きたそうだ。こんな実験は中々出来ないし現実にこの状態で遊
んでいたというのも面白いことだ。 僕は今でもダヨーン氏とハタ坊は完全に書く
事が出来る。15年ぐらい前のことだが子供に書いて見せたのだが..知らないキ
ャラのため全く喜んで貰えなかった。 ともかく赤塚漫画に出てくるキャラは個性
が強く僕も大いに影響されている、今でも夏は家の中では毎日デカパンにと同じよ
うにパンツ一枚で過ごしているし、時にはバカボンのパパのようになったりしてい
る。この文章を以前から読んでいる方はわかると思うが、昔から所々に「それでい
いのだ」というワードが出てくる、これこそ赤塚不二夫の造り出した一種の思想み
たいなものの影響である。 人はいつの日か必ず死んでいく、どんな活躍をしよう
が善行をしようが差別扱いはないのだ。 だから人は元気な時によく学びよく遊び、
生きていて良かったと思える時間を1秒でも多く作るのだ。そのためには周りの事
は気にしない事..これが条件だ。

2008.08.02
南アルプス山麓にあった上村という山村は今から30年ぐらい前までは400軒ぐ
らいの家があり人口も2千人程度が住んでいたと思う。子供の数も多く小中学校は
各学年とも30人以上は居た。だが卒業しても就職する企業が皆無の為若者は殆ど
(90%位)は村を出て名古屋圏などに就職し人口は減り続けて現在は約600人、
子供はそれ以上に減って各学年2〜3人程度となった。よって学校は閉鎖されバス
で隣村(旧南信濃村)まで通学する事になる。こうなると若者は余計に敬遠し例え
村内で仕事をしていても住居は飯田市の中心に近いところに持つというとんでもな
い事態も起きている。 本来国でやるべき介護の仕事を地方自治体に任せた為こう
した山村では当然立ちゆかなくなり隣接する自治体と合併する事になる。これが平
成の大合併の本当の姿だ。結局のところ合併しても何も良い事はなく学校の通学路
が短くなるわけでもない。その代わり例えば今まで部落単位で管理していた水道は
合併により都市部と同じ扱いとなり支払額は大幅に増えることになる。 今の政治
はこうした貧しい山村をこれでもか..と痛めつけ金をむしり取る事しかできない
のだと思わざるを得ない。 この旧上村には多宝院という寺があるが檀家が少なく
て収入も少ない。当然寺の補修もできず明治8年頃建てたというが完全に荒れ寺と
なっている。そこで檀家総代で一部を立て直す事を考えているのだが..檀家が少
ないから寄付も集まらないことになる。 とにかく山村は崩壊の一途を辿っている
のだ。 都会で飲む水を考えてみよう、これは山間部の森から流れ出た水が水路や
用水を使って運ばれて都会に到達する。いい水は大切に管理された森から生まれて
いるのである。山村は人を育てて都会に送り出すが所得税はそこに納めることにな
る。 要するに山村は水や人など生み出し都会に送り込むが一銭にもならないのだ。
 国は何に対して助成し何を守ろうとしているのだろうか。 大臣の首が変わって
も何も変わらないようでは意味がない、何か一つでも一人でも困っている日本人を
助ける気にはならないのか。

2008.08.01
内閣改造が実施されたが..留任が多く何もここでチェンジしなくてもいいような
内容でがっかりだ。強いて評価すれば様々な不心得発言が話題を呼んだ法務大臣が
首を切られたことぐらいだろうか、これからの選挙戦に一票のマイナスも避けたい
布陣だが..これで何か新しくなるのか、物価が安定するのか、ガソリンの価格カ
ルテルが摘発できるか、道路財源がどのぐらい福祉や社会のために回せるか、年金
問題は好転するか..。早い話が何も出来ない布陣なのだ、だから大騒ぎするだけ
無駄な事だと評価しよう、それよりもはやいとこ選挙で国民の審判を仰ぎたい、何
たって20%位の人しか支持していない内閣である、野田聖子氏を入れたところで
何も変わらないのは目に見えている。 どうせやるならもっと凄い人選、意表を突
く人選があってしかるべきだった。これでは相撲協会のやっていることと同じで旧
態依然とした因襲保守政治を改革できない。 今日の株価の動きを見ると失望感が
満遍なく兜町に漂っている事がわかるだろう。 そんな事よりも僕のお世話になっ
ているお寺さんで明日は「お施餓鬼」が行われる、今年新盆を迎える家では特別に
時間を設けて施餓鬼が行われるので朝から南アルプス山麓の村まで出掛ける事にな
る。 人の一生は長いとか短いとか豊とか貧乏とかいろいろある、しかし満足感が
どれだけあったか、その満足感を得る為にどれだけ努力をしたかということに尽き
るのではないか。 人の心臓は1分間に70回前後の脈を刻む、ネズミは600回、
象は70回だ。これは寿命に大きく係わっている、動物の一生の脈拍数15億回説
のようなものもある。ネズミは計算上4年ぐらいの寿命となり、象は40年ぐらい、
人は50年ぐらいとなる。要するに心臓の鼓動が速い生物ほど短命なのだ。 だか
ら人はゆっくり、のんびり無理せず、労働も最小限にして心臓の鼓動数を抑えれば
長生きできるのだ。毎日ランニングすると鼓動は速くなるがその効果で平静時の鼓
動は低く抑えられる、だからプラスマイナスすれば寿命は変わらないのだ。小原庄
助さんの如き生活で寝て暮らしても同じと言う事だ。 日本という国の寿命も同じ
ように考える事が出来る、バブル時代に馬鹿みたいに働いたその鼓動は著しく国の
寿命を短くし、さらに人間として最低限のモラルまで奪い取ってしまったのだ。 
あの時代にのんびりやっていれば決してこんな事にはならなかったと断言できる。
何故なら貧乏人の公務員に税金という大金を掴ませた事が人生も国までも狂わせて
しまったからだ。 要するに僕が宝くじに当たったような事が国レベルで起きてし
まったのだと言える。