【2020.07.12】
★東京での新型コロナウイルス感染者の多発は経済活動の緩和により全国に飛び火して患者数の拡大を招いている。毎日200人以上の感染者を出していると言う事、そして検査した人の6%以上が感染していたという事実。裏を返せば現時点で都内には60万人の感染者が存在すると言うことだ。この人達が野球観戦に出掛けたり地方の観光地に遊びに行ったり..。やっと抑え込んだかに見えた新型コロナウイルスは再び猛威を振るうことになってしまった。というより感染が発覚した時よりも重大な事態である。あのアメリカのトランプもブラジル大統領の感染を目の当たりにしてマスクを付けるようになったという。 指導者には2つのタイプがある、一つはトランプのように自分の考え方を権力誇示の為に通すタイプ、もう一つは自分の家族や部下それに大衆の為に模範を示そうというタイプだ。織田信長だったらどうしただろうか、徳川家康だったらどうしたか、考えてみると面白い。例え自分が死んでも勇者の意地を見せようとするのもいい考えだが、政治を司る者としての配慮に欠ける。 しかし最近の感染の傾向を見ると、いつどこでウイルスを拾って来たのか全く判らないケースばかりだ。マスクをしていたとかしていなかったという話もウヤムヤでその効果など誰も検証していない。何故なら感染経路が判らないからだ。 ともかく救いの手はある、ウイルスも知能を持った地球の住人であることからこれ以上感染を拡大させて人類の半分も死滅させることになったら困るのだ。何故なら人間は生き延びる為にワクチンや特効薬を開発し全員が飲んだ時新型コロナウイルスは絶滅してしまうからだ。例えば天然痘のような伝染病である、この事実を新型コロナウイルスは知っている筈だから決して人類を絶滅させるようなことはしない。 ここで一つ疑問なのは癌である、人の体内で増殖し殺してしまったら大切な住処を失って自分も死ぬことになる。この事から癌は自分の身を挺して人を殺すものなのだ。だから一般的に街中で感染するようなウイルスとは違う目的を持って存在しているのだと言わざるを得ない。その目的は何か、様々な考え方があるが人口調整ということしか浮かんでこない。このまま人類が長生きして人口が増え続けてしまったらどうなるのか、食料にまつわる戦争になって数百万人の死者が出る。平和裏に人口調整する道具なのであろうか。

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★この雨で飯田線は天竜峡駅から豊橋方面が運休となっている。原因は中井侍駅から豊橋方面に向かって約800mの位置で大規模な土砂崩壊があり線路を埋めてしまったからだ。復旧には相当な時間がかかると言う事で、温田駅の近くに有る阿南高校では通学できなくなっている。 こうした災害で先頭に立って活躍しているのが町村にある自衛消防隊で有る。一般人でも消防署員でも同様の活躍をして救助などに当たっている。 夕方になって雷雨が有り一時的に20mm/hの雨が降った、このために南アルプス山麓の山小屋の周りの被害拡大が心配だが、今日の段階では拡大することは無かったようで安心した。 雨が止んで危険が少なくなったら上村の現場に行って状況を確認しなければならないが、あと数日は無理だろうと思われる。 今年はコロナと災害で学校の出席日数は少なくなっているが、特に大きな問題はないだろう、何故なら家に居てもヤル気の有る者は学校よりも充実した勉強が出来るからだ。ヤル気の無い者は何処に居ようが何も頭に入らない、先生に怒られるストレスが減るだけ良いだろう。 リモートオフィスとかリモート学習とかが行われているが、学校が最も簡単に導入可能だろう。皆で集まってやるようなホームルーム的な事はzoomとかLINEを使えば良いし、クラブ活動などは特にやらなくても良いし、今後の社会には不要となる。何故なら、子供の遊びであるサッカーや野球を職業にしようという者が多くなるからだ。多くの客を集めて騒ぐ行為はコロナもやめろと言っている。ともかく大勢の人が集まってやる非生産性主体の行為は今後は少なくしして行かなければならない。 集中豪雨や土石流災害をなくす為に人類は我慢し無ければならないことも当然出てくるが、当たり前のこなのだ。 享楽行為の制限だけでも温暖化は抑える事も出来るのだ、特に大酒を飲んで憂さ晴らしをするというような低俗な行為こそ改めるべきであろう。それこそストレスを増大し大雨を降らせるだけのことだ。

【2020.07.10】
★今回の飯田市遠山谷の雨量は600mmに達した。被害も多く36年6月以来の大災害になった。最も多いのが土石流災害である、小さな沢が押し出してきて材木などが流れてきて道路を塞いだり家を壊したりしている。九州各地の被害には及ばないが、程野地区の山間部で大がかりな土石流が発生し、土砂を下流に押し流して大きな災害となった。この為に僕は山小屋に車で行くことが出来なくなった。それと土石流が流れたため10mぐらい庭の一部が流失してしまった。監視カメラも2台流失、庭に置いてあった資材なども跡形なく流れ去った。僕は36−6災害の時はこの山小屋に居たが、近くに有った民家が一軒跡形なく流されていくのを見ていた。この時の恐怖は今も忘れない。 今回の災害は新型コロナウイルスが一段落して、しらびそ高原ロッジや大島河原キャンプ場なども近々再開しようとしていた矢先の出来事だった。しらびそ高原ロッジは水源地が流されたようで、飲料水の確保が出来ないため営業できないらしい、また大島河原キャンプ場も水道設備が流されたため営業は困難で有る。 36災から約60年である、災害は忘れた頃にやって来るというのは間違いない事実で有る。 今年は各地で竹に花が咲いて枯れる現象が起きているが、これも60年に一度という言い伝えがあり、ほぼそのようになっている。今年はコロナと大雨災害、次は何だろうか?。もう一つぐらい大きな災害が待っているような気がする、火山噴火かそれとも地震か?。 こうなったら旨い物を喰って温泉に入って、いつ死んでもいいように明るく生きるのが最善策だろう。小さな人間が自然に立ち向かっても勝てる見込みなど無い。例の10万円も早く使った方が身の為になるのは間違いない。

【2020.07.09】
★降り続く雨は南アルプス山麓の山小屋にも甚大な影響を与えて居る。昨日は土石流のだい3波が押し寄せてきて、いままで橋の下を流れていた川が今日は橋の上を流れているではないか。写真を送ってくれたのは上村の自治振興センターである。ここの職員は雨が断続的に降る中を危険を冒して土石流災害の発生した蛇洞沢に行って写真を撮ってきたのだ。行く時は川が橋の下を流れていたが帰りには橋の上にのっていてやっとの事で渡ったという。ともかく写真を見て驚いた、何と河床が4mぐらい上がって山小屋の庭とほぼ同じ高さまで来ているのだ。原因は橋に石や流木が詰まって堆砂したためだ。このままだと第4波の土石流が来たら山小屋の庭が河川になってしまう恐れが有る。大きな土のうの設置も道路が寸断して車や重機が入らないため不可能であり自然に任せるしか無い。 日本もこんな田舎まで災害が多発するようになってはもうお終いである。 世界の全員がカネ儲けという呪縛から離れて半世紀前の生活に戻るしか救われる道は無いのである。 僕はこの現実を見て愕然とし、何もする気が無くなって昼は行きつけのラーメン屋でラーメンを食べてから温泉に行って2時間ばかり過ごしてきた。何とか心が落ち着いた気がしたので効果は有ったのだろう。こんな時は落ち着いて時の流れを待つしか解決の道は無い。 そう言えば今朝、雨の中をウオーキングに行って四つ葉のクローバーを見付けて写真に撮ってきたが、何の効果があったのだろうか?。僕がいま生きているという事実がその効果だとしたら確かに効果が有ったのだろう。僕は写真に撮っては見たが採って持って来ることはしなかった。彼らも生きているのだから..。

【2020.07.08】
★今回の災害で驚いたことがある、それは福島第一原発が爆発した時に気象庁が風向などの観測データーを隠蔽したのと同じように、国土交通省の連中も同じ事をしていることがわかったからだ。 天竜川やその支流には災害をいち早く察知するために税金で監視カメラを約60台を設置しているが、災害が起きたり洪水量が多く危険な状態になった時に該当の監視カメラを故意に止めて情報を隠蔽していることが確実に判ったことだ。何の目的で監視カメラを設置しているのか?、情報を私物化して都合の良いように利用するという意図しか考えられない。要するに監視カメラを災害に対する責任逃れの手段として使うという意外には考えられないのだ。 まったく馬鹿げた話であり、庶民の為の行政など微塵も感じられない。今後これを誰の指示でやっているのか、どのように運用しているのか調査して逐次ここで報告していきたい。 ★一級河川の氾濫などと言う事態はあってはならないことである、多少雨がまとまって降ったぐらいで街全体が水没するなどというのは先進国として恥ずかしいではないか。氾濫危険箇所が判っていて、浸水する区域も判っていていながらなんの手立てもしていないというのは明らかに行政の怠慢であり人災である。予算云々は議会の責任である。 想定外の雨だという事で逃げるが、これも日本がとっくの昔に亜熱帯性気候に遷移してきたという事実を知らないか隠蔽している結果である。例えばグアムとかサイパンに行ってみると判るが、シトシト降る雨など無い。晴から一気に豪雨が降って過ぎ去ればまた快晴になるのだ。それと目視で雨の範囲が明確に判るような降り方も特徴だろう。 役人は庶民の生命と財産を守る目的のために存在している事を忘れてはならない。税金で箱物を造って議員と業者とを取り持つ存在であってはならないのだ。この事を念頭に置いて市長選や議員選に対応していかないと、火の粉は庶民自身に降りかかってくることを忘れてはならない。

【2020.07.07】
★織姫と彦星が出会うというようなロマンとはかけ離れた七夕の一日だった。南アルプス山麓の僕の山小屋にも今日は行政機関の人が入ったようだが、余りの被害の大きさに復旧をどうするのか見当も付かないようだった。人的な被害が無かっただけ良かったとしか言いようが無い。 僕も行ってみたいのだが道路は泥で覆われていて長靴でも歩くのに困難なようなのでこの雨が上がってからにしようと思う。幸い電力は来ているので監視カメラによって大概の情報がわかるからいい。やはり金を掛けただけの価値があると言う事だろう。 日本の気候は完全に亜熱帯型に移行しているが、行政や官庁それに地方自治体はそのような事には目もくれず、リニアだの道路延伸だのと見当違いの方向に進んでいる。今や文化会館の建設だとかリニアの駅建設とかいうカネ儲け中心の投資よりも庶民が安心して暮らすことの出来る環境を整えることこそ重要なのだ。 もちろん新型コロナウイルス対応も重要課題である。PCR検査の拡大や入院施設の増床など、これも庶民の安心安全の一環である。 ★建設事務所の職員が八丁島に出向いて撮影した写真がテレビで報道された。立派なコンクリートの橋は欄干が吹き飛んで橋の上まで土砂が押し寄せている。長野県南部は今夜もまだ雨が降り続くという予報が出ているから、地盤が緩んでいる地帯では土石流災害や山崩れそれに水害が予測される。ともかく安全な場所に前もって移動しておくのが最善だが、遠山谷に安全な場所などどこにも無い、地域全体が危険地帯なのだ。こういう場所で我々は生活しているのである。これも楽天的な考え方の為せることだ。それが備わっていなければ誰も日本では生活出来ない。原子力発電所の近くや、石油コンビナートの近くなど山や川が無くても十分に危険地帯なのである。

【2020.07.06】
★大雨は長野県南部にも及んできた、飯田市の上村と南信濃の全域にレベル4の避難勧告が出た。九州地方も大変だが災害は身近にも迫っているのである。南アルプス山麓から出ている河川は一旦落ち着いたかに見えたが、今日午後になって再び水量が増加し先日の水量をも超えようとしている。 この災害は僕がいつも言っているように間違いなく人災である。何のメリットも無い享楽に莫大なエネルギーを消費した結果がこの大洪水なのだ。昨日も書いたが日本近海の海水温は1〜3度も上昇している。1度上昇しただけで何万トンもの水蒸気が空に昇っていくのだから仕方ない。要するに三万人が走り回っても大根一本生産できないような東京マラソンのような馬鹿げたことをやめない限り災害は増える事があっても減る事は無い。 当面国が主催するような国体というような大きな無駄もやめねばならぬ、その為に地球の住人であるウイルスも活躍しているのだ。地球が無くなったら大腸菌もインフルエンザウイルスも生きていかないからだ。 この事は人間と野生動物(熊とか猿)が如何にして共存していくかという問題と酷似している。地球は人間だけの住処では無いのだ。 この基本的な事実を理解しない限りカネ儲けだけに走り回る政府が出来上がり、災害におびえる庶民は後を絶たないという図式になるのだ。 ★同時並行的に庶民を困らせているウイルス禍も東京を一時的(3週間程度)にでも完全封鎖しないと終息しないだろう、それと外国との人の出入りを完全にストップすることも重要である。だいたい外国にまで行ってモノを造ろうとか料理屋を開業しよう等という大それた事は考えないことだ。地産地消という言葉がよく使われるが、それは外国の物が無くても生きていこうという決意に等しい言葉なのだ。口先だけの甘言は政治家だけにしておきたいものだ。しかし安倍首相の支持率が未だに30%もあるのが不思議でならない、誰がどういう目的で支持しているのか大きな疑問である。
この記事を書いている途中で再び山小屋の河川監視カメラが切れた。近くにある建設省の監視カメラを見たところ丁度土石流が発生し、キャンプ場を濁流が襲って居るところだった。たぶん大きな被害が出ていると思うが、現地に行かないと確認は出来ない。

【2020.07.05】
★今日になってみると球磨川一帯の災害は甚大なものだ。アッという間に水位が上がって逃げ遅れた人も多い。また老人施設では多くの人が逃げ遅れて亡くなったが、以前も同様の災害があったが、何一つ改善されていない。 大雨の原因は確実に温暖化によるものだが、政府に忖度して税率を8%に据え置きにして貰った新聞やテレビは何も庶民に伝えない。何故なら温暖化を追究すると経済成長が鈍るからだ。 現在、東シナ海の海水温は例年に比較して1〜2度も高くなっている。海水温が高いと蒸発する水蒸気の量も比例して増えるから、その水蒸気が空に昇って落ちてくるわけだ。小学生でもこんな事は知っている。 政府は何かに取り組まないと対外的にCO2削減しているなどと吹聴できないので何の関係も無いレジ袋の有料化のような子供欺しで繕っているのだ。 レジ袋をクジラが飲み込んで死ぬのが問題ならば捕鯨などしないことだ。 このデタラメな金持ち優遇策が温暖化の原因である事は間違いないが、この事を庶民は知らないのだ。その馬鹿さ加減というか無知のレベルは高い。例えば100円ショップで売っている電卓だが、どうやって計算できるのか誰も知らない。エアコンは何故冷えるのかだって判らない。要するに判らない事に慣れてしまったのだ。こうしう庶民を相手にした政治など楽なモノだ、バクチをやった警察トップでさえ無罪放免だし、国家文書を書き換えてもご褒美に出世させるだけだ。選挙違反など当たり前で、裏では各地の自治体の選管と組んで票の操作をしている可能性も否定できない。裁判所と検察は仲良しだし、政府と検察も仲良し、経済界も政界も同じ穴の狢(むじな)である。もう日本に法律など無用だろう、何か有ったら近隣の人達で集まって解決した方がましというものだ。 学者とか専門家などという連中もいい加減なものだ。その代表的な事件がビキニ環礁で被爆した第五福竜丸事件だろう。アメリカは実験し際して小さな島の住民は全員遠くの島に避難させ、漁船などの船舶も100km圏内への立入を禁じた。そして水素爆弾の実感が行われた。結果は、移住した島民も避難した第五福竜丸などの漁船も、水爆実験に参加した米軍の兵士も全員が被爆したのだ。その原因は水素爆弾の威力を計算した学者がその破壊力を一桁間違えたのが原因だった。学者が馬鹿の集まりだというのは今になっても変わっていないのだ。

【2020.07.04】
★今年もまた例年通りの災害が繰り返されている。科学や技術の進歩に比例して災害が大きくなっていることに気が付かねばならぬ。何故なら経済や科学の発展こそ地球環境を壊している原因だからだ。簡単に言えば人類が大きな脳を獲得した見返りに豊かさを享受し同時に災害やウイルスの蔓延を招いていると言うことだ。 どうすれば良いのかという問いに答えは簡単だ、何事もいい加減にすれば良いだけのことだ。 例えばリニア新幹線は便利であろうが、東京で発生した最新型のウイルスは20分後には名古屋に到達してしまうと言うことである。今の高速道路網と新幹線によって全国くまなくウイルスに汚染されたことを考えれば当然であろう。医学や科学はともかく、人類の発展を阻止して言わば昔ながらの生活に戻すことが先決であろう。 昔は携帯電話も家庭用の電話も無かった。僕が小学6年生の時の修学旅行でハプニングが起きた。大雨になったら修学旅行は中止となり、判断に迷った時は花火を打ち上げることによって実施する事になったいた。当日は小雨だったので花火の音を指定の時間に聞くべく庭に立っていたが聞こえなかった。だから中止と言う事だと判断して学校に行かなかった。だが直線距離で4km近く離れた僕の家は晴れた日は花火の音は聞こえても雨の日は聞こえなかったのだ。結局僕は修学旅行に行くことが出来なかった。 しかし、当時はガッカリしていたが今になって考えてみると、行っても行かなくても人生に何の影響も無いどころか、旅行に行かなかった分車の免許を取ってから各地を新鮮な思い出回ることが出来たのだ。 夏の日に僕たちのクラスと一年先輩のクラスと体育の時間に川で水泳をしていた。その時一年先輩の男子生徒が流木で遊んでいて足に落として指を一本失ってしまった。その取れた指を皆で探し出して紙に包んで持ちリヤカーに生徒を乗せて7km先の医者まで走っていったこともあった。僕たちはこうした様々な事件から生きる為に必要な知恵を多く学んだのである。 いま小学校から英語の学習をしていると言うが、あと3年ぐらい経てば英語など必要なくなるし、通訳という職業すらなくなるのだ。携帯を間に向かい合って喋ると双方向通訳が今でも可能だ。外国の駅とか町の看板を携帯電話のカメラを通してみれば翻訳されて見える、これも現在でも可能となっていることを考えれば3年も必要はないだろう。 英語などと言う下らない学習よりも政治家となる人物の評価法などを学んだ方がどれだけ良いことか。

【2020.07.03】
★昨日は危険だから行くのをやめようと思っていたのだが、今夜から再び大雨になるというので被害状況を確認するために南アルプス山麓の山小屋に出掛けた。聞くと見るとは大違いで、余りの被害の大きさに絶句してしまった。川の流れる位置が変わっていて我が屋の山林の中が川になっていた。また庭にまで洪水が押し寄せ、監視カメラや照明装置は流失。最も深刻なのが飲料水の取水場所が完全に流失したことである。当然水道管なども全部消え去っていた。水道の復旧には資金と労力が必要だが、石清水の湧き出し位置は変わったが水は豊富に出ているのを確認したので何とかなるだろう。 今夜以降の河川の増水に備えて流失した監視カメラを新しいカメラにして、立木に取り付けて何とか仮復旧したが照明までは無理だった。 昼時になったのでメシにしようとした途端に雨が降り出した、何とかオニギリだけは食べて、帰路の道路に災害が起きないうちに自宅に戻ってきた。 今日一日で川の中など行ったり来たりして7kmも歩いた。家に戻った時には疲れ果てて2時間ほど寝てしまった。 この大洪水の原因が判った、それは500mほど上流にある大きな蛇洞沢の砂防堰堤が崩壊したためである。一気に溜まっていた土砂が下流に流れ出てきて被害を拡大させたのだ。先日の雨は200〜250mm程度なので、それにしては被害が大きすぎたのはそのためである。 砂防ダムというのは造った当初は役立つかも知れないが、今回のような事態を引き起こす危険な建造物でもある。幸いに人的な被害は無かったので良かったが、他の河川のダムだったら数百人単位の死者が出る可能性もある。もちろん発電用のダムも同様の危険性がある。 今夜から明日にかけて伊那谷の降水量は200mmを超えそうだ、またどこかで被害が出ないことを祈るばかりである。

【2020.07.02】
★ようやく今日の午後になって飯田市から上村に抜ける道路が開通した。明日現地の被害状況を見たり普及の段取りを考えるために行こうと思っているが、明日の9時頃から雨の予報が出ている。大雨の後は地盤が緩んでいるため山間地の道路を通過するのは賢明ではない。いつ土砂崩れに巻き込まれるかもしれないからだ。 ともかく水道の復旧を優先しなくてはならない。今まで水はタダで使い放題だったが、タダより高いモノは無いという諺通り復旧には資金が必要になる。しかし南アルプス山麓の石清水をタダで飲むためには多少の出費は仕方ないだろう。 我が家の土地は毎年少しずつ洪水によって削られているが、今回は山林も相当被害を受けているようだ。洪水によって流された土地や山林はおそらく100年前の姿に戻っていく過程なのだろう。それが自然の営みであり、その流れには逆らえない。 バブルの時代にはリゾートだのゴルフ場だのと大規模な開発が行われたが、大半の企業は破綻して建物は風化し元の自然に戻って行っている。 多分地球はこのまま行くと生物が産まれる前の状況まで回復していくのではないだろうか。人類などあと100年は持たない思われる、最も強い植物なども枯れてしまうだろう。地球は生きているが植物も人類も同じように生きている生物である、命有る物には必ず終わりがある事を誰もが知っているのに口に出さないだけのことだ。 ★東京では新型コロナウイルスがまた猛威をふるってきたようだ、早急に高速道路の閉鎖とか列車の運休など近県への移動制限をしなければ再び全国に蔓延してしまうだろう。東京と言えば外国人が多いことは誰もが知っている、要するに東京の人は全て外国人と見做さねばならぬ。本当に感染拡大を防ぐのなら「不要な享楽」の禁止を行わねばならぬ。1万人が熱狂しても大根一本生産できないようなものが享楽に値するのは当然であろう。 ディズニーランドも開園したが特に行かなくとも人は生きられる、だからこれも享楽に値するのである。

【2020.07.01】
★昨日から今朝に賭けての豪雨は遠山谷に大きな災害をもたらした。道路の決壊や家屋への浸水など近年希に見る災害となった。 今朝の3時に南アルプス山麓の山小屋の監視カメラに照明を入れて監視していたところ突然1台のカメラの画像が消えた。河川の様子を監視する目的のカメラで、通常の川の位置から約4mの高さに設置してある。まさか流失したとは考えなかった。しかし僕の同級生が雨が小降りになった10時頃現地に出掛けて見てくれたところ、道路は決壊し川は通常よりもとてつもなく大きくなっていた。カメラは確認出来なかったが流失したとみて差し支えない水量だったという。 とにかくこの70年間で最大の水量になった。LINEで仲間と情報交換していたところ、やはり上村の同級生の実家が被害を受けて家が傾き、車が土砂に埋まったという話があった。そこで同級生に確かめたところ現場の写真が数枚届いたが、みれば車は埋まり流木は家に突き当たっていた。 いままで無かったことだけに同級生も驚きを隠せずに居た。 飯田市から上村に抜ける道(赤石林道)も土石流によって昨日19時から通行止めになったが、未だに復旧の知らせは無い。バスも終日運休となっているが、飯田市への唯一の道路であり、通学通勤にも影響している。 大鹿村や上村を襲った36災(昭和36年の6月末)も山村に大きな被害を出した。砂防ダムなども多数建設されたが、これらは全て埋まってしまい効果を無くしている。 幸い僕の監視カメラの12台の内1台は流失したが、まだ11台は残って稼働しているので、雨の心配が無くなり川の水量が減ってきたら現地に行って確認しなければならない。 この分だと今年の日本列島の行く末も案じられてならない。