【2019.12.12】
★12月中旬にしては暖かい。朝ウオーキングに出てもそう寒さは感じない。昼過ぎには気温も12度になり小春日和といったところだろうか。17時過ぎになるともう真っ暗だが、そろそろ昼夜の長さも逆転して次第に日が長くなってくる。パソコンの前に座って一息入れようと富士山にある膨大な数の情報カメラを見ていると、山中湖平野にあるカメラは僅かに雪の見えるシルエットと夕陽がコラボして実に美しい姿を見せてくれた。 夜明け前の山中湖のカメラは逆さ富士を写しだしているが、一週間に一度拝めればいいぐらいだ。雲や霧でめったに見えないのだ。まさかこの山が噴火して大勢の人を殺すとは思えないが、現実は活火山である。先日もインドネシアで火山噴火があり死者も出ているが、もし富士山が噴火したら数千〜数万人は被害を受ける気がする。なにしろ山の周りは一大観光地である。特に太平洋側に住んでいる人は気を付けたいが、いつ来るか分からない噴火なら知らずに過ごした方が気が楽だ。人間だっていつ脳梗塞になるやもしれないが、毎日気にしていては車にも乗れない。 ★何とスペインで開催されているCOP25(国連気候変動枠組み条約締約国会議)に係わって、環境相の小泉進次郎氏が名誉ある「化石賞」という金メダルを2個も貰ったという。日本はカネ儲け第一主義を全うするために環境問題なんか考えていない国である。せいぜいレジ袋を有料にとかいう庶民を馬鹿にしたような何の効果もない施策を打ち出して誤魔化しているだけだ。要するに大企業の垂れ流したCO2を庶民が少しでも金を払って回収しようという魂胆なのだ。僕はこんな企画に協力する気など毛頭無い、レジ袋を買ったことなど一度も無いしスーパーに行けばダンボールの空箱に入れてくる。だいたい1、000枚で10円位の袋1枚に5円とか10円出せというのはどういう詐欺行為か。儲かった分は誰が懐に入れるのか?。 それでなくとも日本のサラリーマンは低所得である、特に中堅のコンピューター技術者はアメリカの給料の25%程度だという報告もある。外国から日本に来て仕事をして入るコンピューター関係の技術者はいまアメリカに向けて人材流出が始まっている。社長がカネ儲けして道楽にうつつを抜かしていると優秀な社員は一人も居なくなる日も近い。ちなみに日本の技術者は年収1、500万円程度だというが、アメリカでは約5,000万円になるという。さあ我と思わぬ技術者はアメリカに行こう。多くの人種が混在しているアメリカは日本より平等の精神が貫かれているのだ。

【2019.12.11】
★今年は暖冬なのか..この時期に毎日気温が10度を超すと漬物がまずくなってしまう。出来ればマイナスになって桶の中が凍るぐらいが丁度いいのである。やはり冬はそれなりに寒くないと、例えば諏訪地方で行われる寒天造りもできない。 しかし僕は寒くなってくると腰痛が出てくる、朝起きてから1時間ぐらいは活動に支障が出ている。医者に行っても老人性と言われて診察費を払うだけだからいかないが、代わりに温泉に行った方が良くなるのは間違いない。 ★アフガニスタンで先日殺害された中村哲さんは良いことを言い残している。それは「100の医療施設より1本の用水路を」というものだ。病院など幾ら造っても病気にならないようにすることの方が大事だと言う事である。現地の人達が病気になって医者にかからなければならない原因の多くは栄養失調なのだ。食料が足りていれば病気になどなる人は少ないし、栄養失調などは無くなっていく。 こうした問題は日本でも日常的にある。例えば避難所を造るよりも危険な河川の堤防を100mだけでも強固にするという事の方がいいと言うようなことだ。 インフルエンザの予防注射もほとんど効かないから世間では開業医の冬のボーナスだとも言われている。もっと無駄なのは犬を飼っている家ならばわかるが、狂犬病の予防注射だ。日本ではここ数十年に亘って狂犬病は出ていない。だから感染もすることはほぼないのだ、しかし大昔の法を楯にして一回の注射が3秒で5,000円位取っている。これも獣医のボーナスだろうか。 こうした不条理を正していかないと税金で詐欺師や暴力団員をお花見で飲み食いさせることになるのだ。 ★長野県の3区でみんなの党で出馬して当選していた井出庸生という衆議院議員だが、昨日自民党への鞍替えをすると発表している。こういう人間の仕業を「裏切り」と言わず何というのだろうか。若しも鞍替えしたかったら次の選挙まで待つべきが良識有る人のする事だろう。こうしたことが平気で通るような選挙ならば無意味であろうし税金の無駄遣いだ。それよりも情報通信の発達した時代である、重要な案件は国民の直接投票に移行するのが望ましい。いまや税金だって家庭のパソコンで計算して支払い出来るのだから選挙ぐらいは朝飯前だ。投票する人の確認は顔認識や指紋認識などで簡単に行う事が出来る。電子投票が何の事やりかたか分からない人は投票すべきではない。投票するとかえって社会が混乱してしまうだろう。精神に異常を持っている人は殺人を犯しても無罪である、こんな人達に選挙で投票させる必要などないというとわかり易いだろう。要するに馬鹿が投票すると社会が間違った方向に向かってしまうということだ。

【2019.12.10】
★街頭には電飾が輝いてクリスマス気分も高まってきたようだ。僕の子供の頃はクリスマスを祝うなどと言う事は一度も無かった。僕が家でクリスマスと称してケーキを買ってきて食べるようになったのは長男が3歳ぐらいになってからだ。独身時代は会社の寮でクリスマスパーティーをやったが男ばかりだったのでそう面白い催しではなかった。たぶん戦争中でも資産家の家では影でクリスマスをしていたのではないかと思う。何しろ日本は祭が多すぎる、どれもこれも商業ベースで行われるものだが、こうしたカネ稼ぎに没頭しているとどうなるか..。そうです洪水に見舞われるのである。要するに馬鹿騒ぎが温暖化を招きそのツケとして大雨が降るのです。 子供の頃は盆と正月だけで十分であり、待っている時間が楽しかった様な気もする。毎日が祭なら誰も見向きもしなくなるではないか。祭やお祝い事というのは待っている時間が楽しいということだ。宝くじと同様で、買ってから抽選までの時間が億万長者になった様な気がして楽しいのである。宝くじは交通事故に遭って死ぬよりも確率は低い、だから楽しみ方の本質を変えるのである。だが確率は1枚も買わないとゼロだが、何枚か買っていれば何パーセントかは当たる確率が出てくる。 確か飯田市の近くの売木村だったと思うが、故郷創生1億円で宝くじを買って当たった分で次の宝くじを買っていったが、短期間でゼロになってしまったという実話もある。こんな事なら金塊を買っておけば今2億円ぐらいにはなっているだろう。 まあ物は考え方だが、金を増やそうと競馬や競輪それに宝くじなどに投資するのは明らかに間違いだと言う事だ。人生に一発逆転などというものはほとんど無いし、あっても終いには一文無しになるのがオチである。 という僕も年末ジャンボ宝くじを30枚買ってきた。以前ここでも紹介したが、16歳から買い始めて既に1千万円は使っているが、最高当選は10万円が一回だけだった。たぶん小型車の宝くじ号1台ぐらいは寄付していることになろう。まあそういった金の使い方も人生である、父親も85歳を過ぎてから時々宝くじを買ってきてはこっそり見ていた。何の楽しみも無い中で一つの妄想というか楽しみだったのだろう。結局カネは一円も持たずに旅立っていった。 クリスマスはともかく正月の準備をしなければならない、雪の降らないうちに南アルプス山麓の山小屋に行って門松の材料を切り出して来るのだ。僕は毎年自分の産まれた故郷の自分の山から切り出して使っている、これも正月の拘りである。拘らない人生など何の面白みもないし、生きている価値も無い。

【2019.12.09】
★南アルプスを見ると高いところは真っ白になっている。この雪山を見ただけでも寒さが伝わってくる。この寒さは間違いでは無く、例えば駒ヶ根市などは中央アルプス連峰から吹き下ろす冷えた空気のために寒いし、名古屋市は伊吹おろしがあって寒い。飯田市の遠山郷は山のなかにあって寒そうな印象を受けるが、周りを南アルプスと伊那山脈に囲まれているので比較的暖かい。なかでも日本のチロルと言われる下栗地区は思ったより暖かいのだ。地形を見ると実に日当たりがいい場所だから雪が積もってもすぐに溶けてしまう。住んでいる人達も此処が一番住みやすいと言っているので間違いはないだろう。住めば都とは良く言い当てている。この地区には医者もスーパーも無いがあまり不便には感じていないだろう。無ければないで何とかなるものなのだ。僕の家から200m位の場所にセブンイレブンが出来るということで、出来たらさぞ便利だろうと思っていたが実際に出来てみると1ヵ月に2回ぐらいしか行く用事が無いのだ。それよりも道路の交通量が多くなってうるさい。 友人のN君も野菜の収穫がほぼ終わったというので昼飯をいっしょに食べることにした。彼は道楽で農業をやっているが売り上げも段々伸びてきて今年は150万円位売ったようだが、農機具の購入や肥料それに農薬の購入で半分以上はすっ飛んでしまったようだ。適当にやる農業は骨折り損のくたびれ儲けと言う事だろうか。ともかく我が家にはN君と息子の妻の実家が農業で付いているので野菜には事欠かないのは有り難い。 野菜は補助食品である、野菜など食べてばかりいては長生き出来ない。やはり肉類の摂取が健康の秘訣であろう。ということでN君とは市内のステーキの店を渡り歩いている。時には回転寿司にも行くが昔より食べる量が減った、というより腹八分目で抑えることが今頃になって出来る様になった。何を今さらという感じもあるが、家族向けに健康を維持に苦労している様に見せつけている。

【2019.12.08】
★朝は冷え込んだがいつもの時間にウオーキングに出掛けた。いつもの野良猫の一家が野原で僕を待っていた。子猫もようやく僕に慣れてきて脚にまとわりついてじゃれている。白い猫が父親である、子猫は時々この父親の猫とも遊ぶようになった。雨が降っていない時は必ず一匹はここに居るが、雨降りの日はどこかの住処に行って出てこない。こんな寒い夜も親子三匹で体を寄せ合って寝ているのだろう。 人も産まれてくる家が選べないのと同様に猫も産まれてくる場所は選べないのだ。要するに全ての動物は産まれ時から大方の未来は決まっているのかも知れない。だから僕は昨年この3匹の猫が遊んでいる野原に棄てられていた子猫を3匹拾って来た。この猫たちは自由に寝て走り回って、自由に食べている。一年半で体重が5kgになってしまい寝ていて布団の上に登られると起き上がれない。僕は少なくとも猫を棄てた人よりも可愛がって育てている。 いま野原に住んでいる子猫だけでも連れてきたいと思うが、親猫がかわいがって育てているので引き離す事は出来ない。野良猫はそれなりに厳しい環境に生きているが、反対に自由気ままなところもあるから家の中で飼われて居る猫と平等なのかも知れない。前にも書いたが、神様は全ての生き物に平等の命を与えて居るからだ。 人の脳が最も多くの時間を割いているのは物を見ることで約80%は確実に使って居るという。確かに距離を測ったり、風景を見たり、色を認識したりというふうに画像処理が最も大変な仕事なのだ。しかし盲目の人達は画像処理が必要ないから約80%もの脳を他の事に使える。ピアニストの辻井伸行さんのように超絶な技術は盲目だからこそ出来るものだろう。「天は二物を与えず」というがまさにそのとうりだ。 プロ野球でエースとして活躍している選手の学力がそう高くないのもそのためだ。希に両刀使いという人も見受けるが、30過ぎればタダの人になる可能性が高い。 こうしてみると縄文時代の頭蓋骨から推測される脳の重さは現代人の半分ぐらいだと言う。彼らは我々の半分の脳で格調高い土器を造りだし、鉄を加工し、衣類を縫い合わせ、子育てをしてきた。要するに電車に乗るわけで無し、学校に行くわけでなし、会社の勤めるわけで無し、生きていく知恵だけ習得すれば十分だったのだ。 これを今の人類に当てはめることが出来ないだろうか?。たぶん出来ると思う、今の日本だって自給自足で行くている人達は数千人から居るだろう。彼らが制約されるのがくだらない法律の枠である。住民登録がどうしたとか、税金をどうするとか、土地は誰の物かとか..。こうした一切の制約を解き放てば人は自由に平和に生きていけるかも知れない。少なくとも火星に移住するなどという馬鹿げた事を考えて税金の無駄遣いする位ならこの方が良い。

【2019.12.07】
★いよいよ冬を感じる祭りが近付いた。飯田市の上村と南信濃地区で行われる「霜月祭」である。午後から次の日の朝まで一晩中行われる祭なので寒いのだ。昔は程野地区の祭が行われる12月14日になると雪が降ったものだ。祭の見所というと夜明け少し前になるので眠さも加わってくるがここまで居ないと見に行く甲斐がない。しかしこの祭もいま技路に立っている。なにしろ人口減でほぼ限界集落のような所なので祭りをしようにも人が居ないのだ。たぶん中郷地区などは数年以内に祭自体が無くなってしまうのではないだろうかと思われる。無形文化財と言っても守り継承する人が居なかったら文化財どころではない。もう文化の継承を農村に任せるのは限界だと言う事だろう。お盆に行われる商業ベースの祭と違って何の見返りも無い祭は消滅するしかないのである。総理主催の花見のカネの一部でも回すべきであろう。 ★企業を始め学校、教員、自衛隊、消防などあらゆる場所でパワーハラスメント(パワハラ)が日常化しているのはどうしてだろうか。一つ思い当たるのが学校でのクラブ活動ではないか。子供の頃から、間違ったら殴る、エラーしたら蹴る、休んだら仲間外れという間違った教育の結果ではないのか。何が何でも勝たねばならないという押しつけも一因であろう。勝ってどうなるか、勝ったら偉いのか、勝ったら将来が明るいのか..スポーツで生きていけるのは一種の馬鹿だけである。学校はクラブ活動で団体活動を教えようとしているというが、これも間違いである。団体というとい聞こえはいいが、徒党を組むことに変わりは無い。徒党を組むのは暴力団、詐欺グループ、公儀にみれば医師会とか○○連合会などだ。更に団体活動の成れの果ては戦争への活用でもあることを忘れてはならない。 国会議員をみたまえ、党首の周りで徒党を組んで黒も白と言い張っているではないか。人は寄り集まるとロクな事は考えないし、行動が極端になる。一人では出来ない犯罪もやってしまうのだ。 要するに間違った団体教育がイジメやパワハラに通じ、ひいては自殺や殺人の大きな要因となっているのである。 魚が群れをなして行動するのも同じ事だし、猿や象までもが群れを作って行動するが、これも団体になると負けないのだという潜在意識が働いているからだ。人も同じように徒党を組もうとする行為を潜在的に持っている。だから始末が悪い、どのような防止策も効果が無いのである。 この潜在意識が例え生きていく為の要素だとしても、人間ぐらいはまともに生きていけないのだろうか。

【2019.12.06】
★テーブルの上を見ると紙包みがあったので開けてみると年賀状が入っていた。妻が買ってきて置いたものだったが、カレンダーを見ればもう12月も一週間が過ぎているではないか。残すところ三週刊しかないのだ。 本棚の中から本を出そうとしていたら旧い写真が入った封筒が挟んであった。中から出てきたのは僕が17歳頃に撮った2枚の写真である、そこにはやはり17歳の岡崎市に住んでいたK子という女性が写っていた。彼女は友人のN君が紹介してくれた女性である、彼女とは週に一度ぐらいの頻度で1年ぐらい文通していたことがあった。そして何かの経緯で名古屋の東山植物園というところで会うことになった。彼女は同級生の女性と一緒であった。半日ぐらい公園内を散策していたときに撮った写真である。 当然その後彼女と文通はやめたから接点も無くなり既に数十年、住所や安否すら分からない。昔は携帯電話などなかったが文通という手段があった。なるべく綺麗な字を書こうとして練習したこともあり研鑽として有効だった気がする。文通というのは実に良い手段で、すぐに返事が来ないからあれこれ考える時間があった。時には1ヶ月後ぐらいに返信があったりすると前に書いて送った内容などすっかり忘れていたりすることもあり話がチグハグになった。 何でも早ければ良いと言う事はないと思うのだが、実はその考えは間違いで男女の付き合いというのは時に1日を争うこともあるのだ。 その後僕が思いを寄せていた女性は僕に何の変哲も無い手紙をくれてから数ヵ月後には結婚していたという事もあった。何ともモテない青春を過ごしたわけだが、今になって写真を見たりして青春時代を思い出してみると、人生というのはたった一日にして未来が大きく変わるものだと実感している。 僕はいま「ある日ある人」の第4部で「古希に謳う(そうだ初恋を探しに行こう)」という詩集を書いている。この数年間に書いてきたものだが、今年になって青春とか初恋というものについての考え方が大きく変わった。だから今迄書いてきた内容が気に入らなくなって半分ぐらい破棄してしまい新たに書き直している。この詩集は中学、高校生を対象として書いているが果たして受け入れられるかどうかは分からない。しかし若いときに如何に恋をするかがその後の人生を大きく左右するか知れないと言うことがわかればいい。要するに還暦や古希を迎えたときに自分の人生に対して思い起こしたとき、本当に良かった楽しかったと思えるかだが、大半の人は苦い思いだけが脳裏に焼き付いているのではないか。実はその苦い思いこそが青春なのである。

【2019.12.05】
★最近は買い物をする時にどういう方法で金を払えばいいか迷ってしまう。僕も最近はPaypayを利用し始めた。これは政府のキャッシュカードのポイントにプラス3〜5%も戻ってきたりするからだ。大型スーパーの場合は政府のポイントが付かない代わりに別のポイントや優遇策がある。スマートフォンを持っていれば、最も簡単に支払いができて取扱店が多いのはIDだろう。Paypayの場合はスマホのアプリを起動しなければならないがIDはスマートフォンの電源すら入れる必要も無い。ともかく日本人は最後は現金というのが頭にある。 中国でがキャッシュカードがほぼ100%近く普及しているのは偽札が横行していて、印刷精度が高くほとんどの人は見分けが付かないからだ。こうした犯罪を防ぐにはいいが、暗証番号などを盗まれると大変な事になる。最近の銀行のオンライン決済は携帯電話に暗証番号をい送ってきて、それを入力しないと何も出来ない。またYAHOOオークションでもこうした手法を取り入れたので、自分の出品した物を見たり落札したりするのにスマートフォンが近くに無いと困ってしまう。実に面倒くさいが、安全のためには必要でもある。今後はもっと楽な認証方法で取引できるだろうと思う。 キャッシュカードはともかく今日本の国民の大半は中流以下である、余分な貯金など誰も持っていないからキャッシュカードを使う機会も少ない。国は決済はともかく大幅な減税、物価安、医療費の無料化など積極的に取り組むべきだろう。その第一歩として医師会の解散が挙げられる。これをしない限り医療費は安くならない。それと併せて厚生労働省から医薬品会社への天下りを禁止することだ。 たぶん国民が税金として納付しているカネの半分は利権と無駄遣いに消えているに違いない。ガソリン税なども含めるとその割合はもっと増えるだろう。死ぬまで働き続ける日本人はもっと厚遇されるべきであろう。 サラリーマンは会社の手となり脚となり働いて首になり..という「綾小路きみまろ」漫談もある。いまこそ考え方の転換を図るべきだろう。

【2019.12.04】
★先ほど(19時半頃)栃木県で震度4の地震が有った、その1時間前には茨城でも震度3の地震があった。栃木県と茨城県では今日だけでも震度3と4の地震が連続して起きている。今日20時までの一日で12回の地震が起きているのだ。この地域は1683年江戸時代前半に推定マグニチュード7の大地震が起きて以来大きな地震が起きていない場所だ。今後の予想では北関東一帯も大地震の予測が為されているから心配である。 栃木県の栃木市内では今年の水害で大きな被害を被ったばかりである、こういう地域に大地震は起きやすい様な気がする。ともかくいつでも逃げる準備だけは怠らない様にしたいが、家から逃げ出したために落下物に当たって死んだ例もある、言わば生死は準備ではなくて運だと言える。 運の良い人と悪い人の差は何かというと、運の良い人は自分は運がいいと思っている人であり、運が悪いと思っている人は本当に運気が回ってこないのだ。この違いを克服する手段は毎日陽気に暮らすことでしか解決出来ない。笑う人の元にだけ幸運はやってくると言うことだ。何も宝くじが当たるのが幸運だという事ではない、普通の生活が続くことこそ運がいいと言う事だ。10億円の年末ジャンボ宝くじも現在販売中だが、当たらないことを祈りながら買うことが幸運を導くということだ。 そういえば地震の事だが、長野県でも木曽谷は御嶽山の関係で地震が多発するが、伊那谷はほとんど起きていない。中央構造線も通っているにもかかわらず起きない空白地帯だ、これは今後起きるリスクが高い証拠ではないのか?。まあ幾ら考えても地震は明日か100年後か誰にも分からない。もちろん気象庁も研究者も分からない。観測機器を海底などに配置しているが、地震観測が主目的では無く、幹部の天下りのためであろう。大地震が起きると臨時予算が付くために焼け太り省庁と言われるのはこのためだ。とにかく東日本大震災以後にどれだけの予算が付いたのか..調べてみると驚くことだろう。 ★国会議員の馬鹿さ加減もここまで来ると救いようが無い。今日の参議院本会議で日米貿易協定に関する賛否の投票が行われたが、何と立憲民主党の勝部賢志がボタンを押し間違えて賛成票を投じたというのだ。寝ぼけていたのか聞いていなかったのか関心が無いのか二日酔いか..。ともかく選挙で選ばれた庶民の代表としての価値はゼロである。この程度の者達が与党だ野党だと言い合っているのだから国民は困るはずである。問題を何ら真剣に討議されないどころか独裁国家になってしまったのだ。税金は資本家や大企業それに友達だけに分配され、庶民は高齢者の医療費まで2割負担にしようとしている。消費増税は何だったのか、悪徳人種の宴の費用だったのか、それとも何か暴力団に借りでもあって返すのか?。この国ににして温暖化やプラスチックゴミなどの問題など関係無い。札束を咥えて死にたい者ばかりに見えるが如何だろうか。

【2019.12.03】
★ぼくはこのブログで日本は無法地帯だと言い張ってきたがまさにその通りだろう。総理大臣を始め国会議員や官庁など全ての役人が法を逸脱する行為を平気で行っているからだ。第一に消費者庁という国民の見方として詐欺などを未然に防ごうという役所の人間が、詐欺専門の会社と知りながら天下りしている。この事実はどうしたものか、犯罪として立件することも出来る筈だ、国民の血税で生きていながら国民を欺く行為である。無期懲役刑にも匹敵する犯罪と言っても過言では無いだろう。 首相ときたら籠池問題や加計学園問題を起こしておきながら、犯罪者や暴力団を公費を使って花見の会に呼ぶなどの行為は犯罪者と同等とみても良いだろう。国の税金で喰っている者だからして重罪を適用しても許されよう。この実態が解明されずに全員何のおとがめも無いと言う事になれば確実に無法地帯である。 水戸黄門というテレビドラマには必ずと言って良いほど悪代官が登場するが、実際には悪代官というのはほとんど居なかった。それどころか代官に任命される者は学識があり統率力もある立派な武士が任命されていた。今ほど乱れた社会では無かったのだ。もちろん武士(公務員)の犯罪は重罪であり厳しく罰せられていたし、武士道の精神も併せ持っていたので、悪事が発覚すれば自ら切腹などをして罪に服していたのだ。 この21世紀の世の中に無法国家が有るなどというのはアマゾンの裸族でも耳を疑うだろう、彼らは法は無くとも常識があるから安定した部族のまとめと運営が出来るのだ。安倍首相などは半年ぐらいアマゾンの部族に入って知識と常識を学んで来ればいいのだが..。 ともかく我々の血税は福祉や医療に使われるわけでは無く、公共事業と称した利権事業に使われ、天下り役人の手土産として悪徳企業に支払われていたことは間違いないだろう。天下りと簡単に云うが、彼らは仕事を企業に与えるふりをして自分の数年間の給料+αを支払ってから行くのだ。でなかったら企業は仕事も出来ない人間に賃金など払うはずも無い。 日本が腐ってしまった大きな理由の一つが天下りであることは間違いないし、個人や企業の利益確保のため政治献金をする者が国会議員を甘やかしたツケが肥大化し犯罪となって表面化しているのである。 これらの責任の大半は国民に有ることを自覚しなければいつまで経っても是正される事など無い。要するに馬鹿な国民を欺すのは簡単な事なのだ。だから詐欺に遭ったり暴力団に集られたりするのである。庶民よもっと利口になれと言いたい。

【2019.12.02】
★昼間の雨と打って変わって夜になると星が輝きだした。南アルプス山麓の山小屋や下栗の里でも輝いている。まだ屋外の気温は10度近くある。だが外に出て星を見ながら詞を書く気にはなれない。どうも最近は詞に対する情熱が失われつつあるようだ。理由は分かっているが公表は出来ない。ちなみに詞の題名は「星屑未練」というのだが、最後の締めくくりが出来ないのだ。この詞は生きている間に恋をしたり別れたり恨んだり泣いたりしてもやがては空の星屑の一つになってしまうという内容だが..。 僕は今年になってもう500編ぐらいの詞を書いているが、今年になって今迄と少し人生感が変わったので書き直している。何故かというと初恋に対する価値観というか考え方が大幅に変わったのである。まあそこのところは別の機会に書くとして現在は毎日4〜5時間は歌の練習をしている。喉が痛くなるのでハチミツをお湯で溶かしたのを飲んだり、龍角散を飲んだりして頑張っている。だが家の中で大声を張り上げて居るので家族からは反発を買っている。しかし古希を過ぎた僕が人生最後?の新しい取り組みをしているのだから多少は応援してくれても良さそうなものだが..。ともかくこうした事態に際して家族は邪魔なものになってくる。家族が外出して僕が一人になった時などは何の遠慮も無く練習できる、録音して聞いてみると出来が良い。 山小屋を録音スタジオに変えようとも思ってみるが、何しろ往復が大変だし今は寒くて行く気にもなれない。10畳の部屋が2つ空いているのでバックにブルースクリーンを張って照明を付ければ一日で出来上がる。音響設備は既にあるから必要ない。ともかく誰でもそうだと思うが、音響に関する部屋作りは難しい。資金が有れば地下室という案もあろうが今さらという感じもする。 今日は振り付けも含めて「夜桜お七」を練習したが、何とかあと50回ぐらい練習すれば振り付けも出来るだろうと思う。来年の春の桜の時期までには何とかしてみたいと思う。 歌ったり踊ったりするのはウオーキングと同様に体力向上に役立つ、試しに2時間ぐらい歌ってみよう、相当疲れる。ウオーキングは心臓と脚を鍛えるが、歌は脳を鍛えるし声帯も鍛える。僕はこの2ヶ月間で声が変わってしまった。より低音と高音域が出る様になったのだ。試しに「タッチ」という曲を10回ぐらい歌ったら何とかメロディーに付いて行けるようになった。しかし古希を過ぎてのタッチは難しいが、夜桜お七を歌う訓練にはなった。タッチのスピード感を克服すれば何とかなるのだ。 そうだ、何かやろうとしたらその一段上のレベルに挑戦してみてもいい。何とかなるものだ。 僕はこの手で今から38年前の1981年に自力でコンピューターを組み立てて動作に成功している。とは言っても、今の電卓で2桁の加減算が出来る程度のものだった。アメリカのTI(テキサス.インスツルメンツ)社のゲート用ICを購入し、それを100個ぐらい使って作った物だ。その努力のおかげで僕はコンピューターショップを開店することが出来た。

【2019.12.01】
★今月から「インターネット信州」のトップページの画像の一部を風景から動物に変える事にした。主にウオーキング中に出会う野良猫やタヌキなどである。野良で暮らす熊を始めとした動物たちにとって冬はまさに生きるか死ぬかの季節である。食料も無く水も無く気温は低い。熊とかヤマネのように冬眠する動物にとっても冬は生死を分ける季節でもある。要するに外敵は冬眠している時を狙って襲ってくるからだ。 人間はと言えば家では暖房を入れれば何と言う事は無いが、大雪によって死ぬ人は多人数に及ぶ。雪崩や屋根の雪下ろし、それに交通事故など多岐に渡る。ともかく冬は危険な季節であり、僕にとっても大嫌いな季節なのだ。まず車のタイヤ交換をしなければならない。今日も家族の車3台のタイヤ交換をしたが、腰に鈍い痛みが残ってしまった。 既に伊那谷でも高山では積雪がある、僕は南アルプス山麓の山小屋に水汲みに行くたが、そのためにも早急な装着が必須となる。 師走と聞くと普段とそう変わりないはずなのだが何か騒々しい。忘年会などもあるが僕は一切酒を飲まないので参加することもほとんどない。大掃除と言っても自分の身の回りの片付けをする程度だし、クリスマスだと言っても少し変わった夕食をするだけだ。日本人は世界の祭や行事を何でもかんでも真似したくなる人種らしい。 昔の事だが僕が恐れ入ったのは、本来クリエイティブな筈の映画祭だが、例えば「アカデミー賞」というものだ。これをまねて「日本アカデミー賞」などとしたのは何の考えも想像力もないただのパクリではないのか。日本人だったらもう少し気の利いた賞と名前を創設すべきだろう。 似た様なものだが、株価もアメリカにいつも追従して上がり下がりしている。これなら日本に証券取引所など不要だろう。まあ、あと数年経てば証券取引所など不要になるかもしれないか..。最近の株取引は人工知能を使った予測アルゴリズムによって瞬時に売り買いするのが主体となっている。素人の参加は資金をむしり取られるカモになるだけの様な気がしてならない、何故なら株価は証券会社がある程度創作して居るからだ。 ともかく令和元年もあと1月で終わる、今年を振り返ってみると今迄にない充実した年になった。大勢の人と会食をしたり話をしたり、昔の友と巡り会ったりした。 僕も9月以降から新しいチャレンジを始めたのは先に書いた通りである。今年は免許の更新をしたが、あと3年しか有効期限のないものになった。こんなところで改めて実年令を感じた次第である。 一休さんは「門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」と言ったが、古希を過ぎると、この名言をしみじみと感じることになる。